「月に一度の通院のたびに、仕事を休んで付き添っている」「父は足腰が弱って、車に乗せるだけでひと苦労」。認知症のご家族を支える方から、こうした声をよく伺います。
認知症で訪問診療を始めるきっかけとして、私たちが一番多く経験するのは、物忘れが進んだことそのものではありません。歩く力や身の回りのことをする力(ADL)が落ちて、家族が病院へ連れて行くのが難しくなったときです。ひとり暮らしや、日中は家族が仕事で不在という方も少なくありません。
通院が続けられなくなっても、医療をあきらめる必要はありません。認知症の訪問診療では、医師がご自宅へ定期的にうかがい、診察・薬の調整・介護サービスとの連携までを、住み慣れた家で続けられるようにします。
この記事では、名古屋で訪問診療を行うごうホームクリニックが、認知症の訪問診療を始めるタイミング、最初にお聞きすること、家で行う診療の内容、薬についての考え方、ひとり暮らしの方の支え方を、ご家族の実際の疑問に沿ってお伝えします。
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目次
■認知症の訪問診療は「通院がつらくなったとき」が切り替えどき
◎よくあるきっかけはADLの低下と通院介助の負担
訪問診療は、病気や障害のために通院が難しい方が対象です。認知症の方の場合、次のような変化が重なったときがご相談の多いタイミングです。
- 足腰が弱り、玄関の段差や車の乗り降りに介助が必要になった
- 待合室で長く座っていられず、落ち着かなくなった
- 病院へ行くことを嫌がり、毎回説得に時間がかかる
- 受診のたびに付き添う家族が、仕事を休まなければならない
「認知症が重くなってから」と考える方もいますが、通院そのものが本人と家族の負担になってきたら、それが相談してよいサインです。

◎仕事・ひとり暮らし・日中ひとりの家庭が増えています
通院介助は、移動だけでなく待ち時間も含めて半日がかりになることもあります。働きながら介護をしている方にとって、毎月の受診は大きな負担です。
また、ひとり暮らしの方や、家族が仕事で日中は不在になる「日中ひとり」の方も多くいらっしゃいます。こうした方は、そもそも付き添える人がいないために受診が途切れがちです。訪問診療に切り替えると、医師が自宅へ来るため、付き添いのために休みを取る必要がなくなります。
◎家で診るからこそ見えること
認知症の方にとって、病院という慣れない環境や長い待ち時間は大きなストレスです。受診をきっかけに混乱や不安が強まり、帰宅後もしばらく落ち着かないこともあります。
ご自宅での診察では、本人が緊張しにくく、ふだんに近い様子を診ることができます。冷蔵庫の中身、飲み残しの薬、部屋の様子など、生活そのものから得られる情報は、外来の短い診察では見えにくいものです。
◎訪問診療と往診の違い
「家に来てくれる医療」には、訪問診療と往診の2種類があります。
| 訪問診療 | 往診 | |
|---|---|---|
| どんなとき | 計画的・定期的に訪問 | 急な体調変化で臨時に訪問 |
| 頻度の目安 | 月2回など、状態に合わせて計画 | 必要なときだけ |
| 役割 | 体調管理・薬の調整・多職種との連携 | その場の対応 |
認知症の方には、定期的な訪問診療で日頃の状態を把握しておき、急な変化には往診で対応する組み合わせが基本になります。
◎よくある2つのケース
ここで、私たちがよく出会う状況を2つ紹介します(個人が特定されないよう、複数の例をもとに再構成しています)。
ケース1:ひとり暮らしの母と、働く娘 80代の母はひとり暮らし。娘は車で30分の距離に住み、フルタイムで働いています。月1回の通院のたびに有給休暇を取って付き添ってきましたが、母は足が弱って車の乗り降りに時間がかかるようになり、待合室では「もう帰る」と立ち上がるようになりました。娘の休暇も残りわずかです。訪問診療に切り替えたことで受診のための休みが不要になり、娘はヘルパーや訪問看護と連絡を取り合いながら、週末に顔を見に行く生活に変わりました。
ケース2:夫婦二人暮らしで、介護する夫も高齢 80代の夫婦二人暮らし。認知症の妻を夫が介護していますが、夫自身も腰を痛めていて、妻を病院へ連れて行くことが難しくなりました。夜中に何度も起きる妻に付き合い、夫は寝不足が続いています。訪問診療では、妻の診療と同時に夫の疲れ具合も確認し、ショートステイを組み込むことで、夫が休める日をつくりました。
どちらのケースでも、変わったのは本人の病状よりも「通院を支える力」でした。
■最初にお聞きするのは、病気よりも「その人の人生」
◎出身・仕事・打ち込んできたことを伺う理由
訪問診療を始めるとき、私たちはまず、ご本人がどんな人生を歩んできたのかを伺います。どこで生まれ育ったか、どんな仕事をしてきたか、若い頃に一生懸命打ち込んできたことは何か。
これは雑談ではありません。認知症が進むと、本人が自分の思いを言葉で伝えることが難しくなっていきます。その人がどんな価値観を大切にしてきたかを知っていると、「この人ならこちらを選ぶだろう」と考える手がかりになります。
たとえば、次のようなことを、ご本人とご家族から少しずつ伺います。
- 生まれ育った土地と、子どもの頃の思い出
- 長く続けてきた仕事と、そのときの役割
- 若い頃に打ち込んだこと(趣味・スポーツ・地域の活動など)
- 一日の中で好きな時間、落ち着く場所
- これまでつらいときに、何が支えになってきたか
一度に全部を聞き出すことはしません。訪問を重ねる中で、ご本人の表情がやわらぐ話題を探していきます。
声かけの糸口にもなります。元大工さんには道具の話を、長く教師をしていた方には昔の教え子の話を。症状だけを見ていては届かない言葉が、人生の話からは届くことがあります。
◎人生の支えを知る
もう一つ大切にしているのが、その人の「支え」を知ることです。エンドオブライフ・ケアの考え方では、困難の中にある人を支えるものは、大きく次の3つに分けられます。
- 将来の夢:孫の成長を見届けたい、季節の花を見たい、といった先の楽しみ
- 支えとなる関係:家族、友人、ペット、信仰など、その人を支える存在
- 選ぶことのできる自由:自分で選べること、または信頼できる誰かに委ねられること
支えは一人ひとり違います。決めつけずに伺い、医療やケアの選択がその支えを守るものになっているかを、チームで確かめていきます。
■生活のサイクルと家族の負担を見て、サービスを組み直す
◎本人と家族の一日の流れを確認する
次に確認するのは、ご本人とご家族の生活のサイクルです。何時に起きて、日中はどう過ごし、夜は眠れているか。家族は何時に家を出て、何時に戻るのか。
生活の流れが見えると、どこに無理がかかっているかがわかります。夜間に何度も起こされて家族が眠れていない、昼食の準備と服薬の確認ができる人がいない、といった具体的な負担です。
◎足りているもの・足りないものを確かめる
すでに入っている介護サービスを確認し、何が足りていて、何が不足しているかを整理します。
- 訪問看護:体調の観察、服薬の管理、排泄や皮膚のケア
- 訪問介護(ヘルパー):食事・排泄・入浴などの生活の介助
- デイサービス・ショートステイ:日中の見守り、家族の休息(レスパイト)
- 訪問薬剤師:薬の一包化、飲み残しの確認、自宅への配達
不足があれば、ケアマネジャーと相談してサービスの組み直しを提案します。医師が生活の場を見ているからこそ、「この時間帯にもう一つ支えが要る」と具体的に伝えられます。
■訪問診療で行う認知症の診療
◎認知機能の評価と経過観察
長谷川式認知症スケール(HDS-R)やミニメンタルステート検査(MMSE)などを用いて、認知機能の変化を確認します。
ただし、点数だけで判断はしません。食事・睡眠・会話・日中の過ごし方など、生活の中での変化をご家族や訪問看護師から伺い、あわせて経過を見ていきます。
◎認知症とともにある体の病気もまとめて診る
認知症の方の多くは、高血圧・糖尿病・心臓の病気など、体の慢性疾患もあわせて抱えています。訪問診療では、ご自宅での血圧測定や採血などで体の状態を定期的に確認し、認知症と体の病気を一人の主治医がまとめて診ます。複数の病院に分かれていた通院を一本化できれば、ご家族の負担も軽くなります。
◎食事・水分・生活リズムを支える
認知症が進むと、食事や水分を十分にとれなくなることがあります。脱水や低栄養は、体力の低下だけでなく、急な混乱(せん妄)のきっかけにもなります。訪問看護やヘルパーと一緒に食事・水分のとり方や一日の流れを確認し、必要に応じて歯科や管理栄養士との連携も提案します。
■薬は「増やす」より「減らす」から考える
◎多剤内服のデメリット
認知症の方は、高血圧や糖尿病など複数の病気を抱え、薬が多くなりがちです。薬が増えるほど、ふらつきや眠気などの副作用、飲み合わせの問題、飲み忘れや飲み間違いが起こりやすくなります。服薬を管理する家族の手間も増えます。
私たちは、薬はできるだけ減らしたいと考えています。訪問診療を始めたときに、今飲んでいる薬を一つずつ見直し、本当に必要なものに絞っていきます。
◎向精神薬は「介護が立ち行かない場面」に限って考える
認知症では、興奮・暴言・昼夜逆転・幻覚などの行動・心理症状(BPSD)が出ることがあります。こうした症状に向精神薬(精神に作用する薬)を使うことがありますが、高齢の方では転倒や誤嚥(食べ物が気管に入ること)の危険が高まります。
そのため、まずは環境や関わり方の工夫、体調の変化(便秘・痛み・脱水など)がないかの確認を優先します。
| 目に見える行動 | 裏に隠れていることがある原因 |
|---|---|
| 夜に眠らず歩き回る | 昼寝が長い、日中の活動不足、夜間の頻尿、痛み |
| 急に怒りっぽくなった | 便秘、痛み、発熱、薬の副作用、環境の変化 |
| ぼんやりして反応が鈍い | 脱水、感染症、薬の効きすぎ、低血糖 |
| 介護を拒む・手を払う | 急に体に触れられた驚き、羞恥心、説明の不足 |
こうした原因が見つかれば、薬を足すより先に、その原因に対処します。急にぼんやりする・様子が大きく変わるといった場合は、せん妄(体の不調などで一時的に起こる意識の乱れ)のこともあるため、早めにご連絡ください。そのうえで、介護する方が介護を続けられないほど困っている場面に限って、薬の使用を検討します。使う場合も少量から始め、効果と副作用を見ながら調整します。
◎抗認知症薬は効果を見て、続けるか判断する
認知症の進行をゆるやかにする目的の薬(抗認知症薬)は、効果が乏しい場合や、胃腸症状・怒りっぽさなどの副作用が目立つ場合には、中止する方向で考えることが多くあります。訪問診療では、食欲の低下やふらつきといった副作用のサインを生活の場で確認しながら、量の調整や中止を判断します。飲み込みが難しくなってきた方には、貼り薬など飲まずに使える形への変更を検討することもあります。
ただし、薬をやめるかどうかは、それまでの経過を見て医師が判断するものです。ご家族の判断で急にやめることはせず、気になることがあれば訪問時にご相談ください。薬を飲んでくれないときの対応は、認知症の服薬拒否に困ったらで詳しく解説しています。
■ひとり暮らし・日中ひとりでも支えられる仕組み
◎診療日以外の様子を連絡ツールで共有する
ひとり暮らしや日中ひとりの方は、医師が訪問する日以外の様子が見えにくくなります。そこで私たちは、診療が終わったあとも、MCS(医療・介護の専門職が使う連絡ツール)などを通じて、訪問看護師・ヘルパー・ケアマネジャー・薬剤師から日々の情報を集めています。
「昨日は食事を半分残した」「ヘルパーが訪問したら薬が残っていた」といった小さな変化が早く伝わることで、次の訪問を待たずに対応を相談できます。
◎服薬と体調の変化を、チームで見守る
ひとり暮らしの方の服薬では、飲み忘れと飲み過ぎの両方が心配です。薬を減らして回数をまとめる、一包化する、ヘルパーや訪問看護の時間に合わせて飲めるようにする、といった工夫を組み合わせます。
体調の急な変化に気づくためのポイントは、在宅介護で家族が知っておきたい「急変サイン」にまとめています。
◎夜間・休日の急な変化にも相談できる
「夜中に急に興奮してしまった」「熱が出て食事がとれない」。こうしたときに、まず電話で相談できる先があることは、ご家族にとって大きな安心になります。当院では、夜間や休日も24時間連絡を受けられる体制をとり、必要に応じて往診で対応します。
■施設か在宅か、迷ったときの考え方
◎「限界」になる前に相談してほしい
在宅か施設かは、どちらが正しいというものではありません。本人が大切にしてきたこと、家族の生活、使えるサービスを並べて考える選択です。
ただ、家族が心身ともに限界を迎えてから選ぶと、選択肢が狭まってしまいます。介護がつらいと感じ始めたら、それ自体が相談のタイミングです。介護する方の負担については、認知症の介護疲れから家族を守るもあわせてお読みください。
◎本人の人生と家族の生活の両方を守る
訪問診療の役割は、本人を家で診ることだけではありません。家族の生活が壊れないようにすることも、同じくらい大切だと考えています。
ショートステイで家族が休む時間をつくる、サービスを増やして在宅を続ける、施設への移行を準備する。どの道を選んでも、最初に伺ったその人の人生と支えを手がかりに、チームで一緒に考えます。
■認知症の訪問診療を始めるまでの流れ
◎ご相談から初回訪問まで
- ご相談:ご家族、ケアマネジャー、病院の相談員など、どなたからでも構いません。お電話で現在の状況を伺います
- 情報の準備:現在の主治医に診療情報提供書(紹介状)をお願いし、これまでの経過やお薬の情報をいただきます
- 初回訪問:ご自宅で診察し、ご本人の人生や生活のこと、ご家族の負担を伺います。訪問診療についてご説明し、同意をいただいたうえで開始します
- 定期訪問の開始:状態に合わせて訪問の頻度を決め、ケアマネジャーや訪問看護と連絡体制を整えます
◎ご家族に準備していただくと助かるもの
- お薬手帳と、今飲んでいる薬(飲み残しも含めて)
- 介護保険証と、利用しているサービスの内容がわかるもの
- 最近の様子のメモ(眠り・食事・排泄・気になる行動など、簡単で構いません)
- 緊急時に連絡を取りたいご家族の連絡先
完璧にそろっていなくても大丈夫です。初回訪問で一緒に整理していきます。
■よくある質問
◎通院の付き添いが負担です。訪問診療に切り替えられますか?
通院が難しい状態であれば、訪問診療の対象になります。ADLが落ちて移動に介助が必要な場合や、受診のたびに家族が仕事を休まなければならない場合も、まずはご相談ください。現在の主治医やケアマネジャーを通じてでも、ご家族から直接でも構いません。
◎本人が診察を嫌がる場合はどうすればよいですか?
無理に説得する必要はありません。ご自宅での診察は「病院へ連れて行く」というハードルがないため、外来を嫌がっていた方でも受け入れてくださることがよくあります。初回は世間話のような形から始めるなど、ご本人のペースに合わせて進めます。
◎一人暮らしでも訪問診療は受けられますか?
受けられます。ひとり暮らしの方こそ、訪問看護・ヘルパー・薬剤師と連絡を取り合いながら支える体制が大切です。離れて暮らすご家族とも、必要に応じて連絡方法を決めておきます。
◎睡眠薬がどんどん増えていくのが心配です
心配はもっともです。睡眠薬や安定剤は、ふらつきによる転倒の原因になることがあります。夜眠れない背景には、日中の活動量、昼寝、トイレの回数、痛みなどが隠れていることも多いため、まず生活の流れを一緒に見直し、薬は減らす方向で調整します。
◎認知症の薬をやめるよう提案されて戸惑っています
効果が乏しい場合や副作用が気になる場合には、抗認知症薬の中止を検討することは珍しくありません。やめたあとの様子も含めて医師が経過を見ますので、気になる点は遠慮なくお尋ねください。自己判断で急にやめることは避けてください。
◎病院では医師に伝えたいことがうまく伝えられません
訪問診療では、ご自宅で落ち着いた時間の中で話を伺えます。診察の場だけでなく、連絡ツールを通じて訪問看護師やヘルパーが日々の様子を伝えてくれるため、短い診察時間に全部を伝えなければ、と気負う必要はありません。
◎今かかっている病院や主治医はどうなりますか?
訪問診療を始めるときは、現在の主治医から診療情報をいただき、これまでの経過を引き継ぎます。専門的な検査や治療が必要になったときは、病院と連携します。在宅の主治医の決め方は、在宅主治医の選び方で解説しています。
◎費用はどのくらいかかりますか?
訪問診療は医療保険が使え、自己負担は年齢や所得に応じた負担割合(1〜3割)になります。ひと月の負担には上限(高額療養費制度)があります。具体的な金額は、訪問の回数や状態によって変わるため、ご相談の際にご説明します。
まずは状況をお聞かせください
訪問診療の対象か分からない段階でも大丈夫です。通院のしづらさや介護状況を確認します。
ごうホームクリニック
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ごうホームクリニック
院長 伊藤剛

