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親の介護に向き合う家族の心構え|訪問診療医が現場で見てきた「見えない介護」

ふと帰省したとき、親の歩く速度が以前より遅くなっていることに気づいた。電話の声から、以前ほどの張りがなくなった気がする。冷蔵庫を開けたら、買ったことを忘れたであろう同じ食材がいくつも並んでいた。そんな小さな違和感が積み重なって、「もしかしたら、親も歳をとり始めたのかもしれない」と感じる瞬間が、ある日訪れます。

けれど、いざ「介護」という言葉が頭をよぎると、どこから考えればいいのか分からなくなる方も多いのではないでしょうか。今すぐ何かが必要なわけではない。でも、何も準備しないでいいわけでもなさそうな気がする。そんな宙ぶらりんの不安を抱えたまま、日々の仕事や家庭の用事に追われてしまう。

訪問診療の現場では、こうした「親の変化に気づき始めた家族」と関わる機会が日常的にあります。そして気づくのは、介護というものは「するか/しないか」の二択ではなく、もっとずっと前から、もっとずっと小さな形で、すでに始まっているということです。

この記事では、訪問診療医として日々ご自宅にお邪魔するなかで見えてきた、年老いた親の日常と、家族の関わり方の実際についてお伝えします。これから親との時間を長く築いていくための、ひとつの視点になれば幸いです。

🎧 この記事の元になったpodcast

ごうホームクリニックでは在宅医療・介護の知識をpodcastで配信しています。本記事のテーマをpodcastで詳しく解説していますので、あわせてご視聴ください。

■親の日常が「戦い」に変わる瞬間

◎一つひとつの動作が、消耗を伴うようになる

訪問診療でご自宅にお伺いすると、若い頃には意識すらしなかった動作の一つひとつが、ご高齢の方にとっては大きな仕事になっていることに、いつも気づかされます。

ベッドから起き上がる。トイレに行く。着替える。お湯を沸かす。お風呂に入る。郵便受けを見に行く。これらの動作は、健康な大人にとっては「動作」というより「呼吸」に近いほど無意識のものです。けれども、足腰が弱り、呼吸の予備力が落ち、関節が痛む身体になると、その一つひとつが「ひと仕事」に変わります。

ある患者さんは、「朝起きてから昼ごはんを食べるまでに、もう一日分働いた気がする」とおっしゃいました。誇張ではなく、本当にそう感じておられるのです。日常がいつのまにか、本人にとっての「戦い」になっている。それが、年齢を重ねるということの、ひとつのリアルな側面です。

親の介護 心構え|ごうホームクリニック 本文イメージ

◎表面からは見えない、慢性的な消耗

そして、この消耗は外からは見えにくいという特徴があります。ぱっと見は元気そうにしている。会話もしっかりしている。だから家族の側も、「まだ大丈夫」と思ってしまう。

けれど本人の中では、痛みや息切れやだるさが常にバックグラウンドで流れていて、それと付き合いながら生活している状態が、何年も続いていることがあります。「最近、自分のことばかり考えるようになった」と家族から見えるとき、その背景には、自分のことを考えないと一日を乗り越えられない、という静かな消耗が隠れていることが少なくありません。

これはご本人の性格が変わったわけでも、わがままになったわけでもありません。日常が戦いに変わった人の、当たり前の反応なのです。この前提を持っているだけで、家族の側のもどかしさは少しやわらぎます。

■リストには載らない「見えない介護」

◎介護保険のサービス表には書かれていない支え

「介護」と聞くと、多くの方は入浴介助や排泄介助、食事介助といった、はっきりとした身体介助を思い浮かべるかもしれません。介護保険のサービスメニューに並んでいるのも、そうした分かりやすい援助です。

けれど、実際にご家族が担っている支えは、サービス表には載らないものの方がずっと多いのです。

  • 重くなったゴミ袋を、週に何度もまとめて出す
  • 銀行や役所の書類を、わずかな空き時間に確認しに行く
  • 「血圧のお薬、もうすぐなくなるよ」と声をかけ、受診の日程を調整する
  • 通院に付き添い、診察室で医師の説明を聞き、自宅に戻ってからもう一度噛み砕いて伝える
  • 冷蔵庫の中身を確認し、賞味期限の切れたものをそっと処分する
  • 電球を替える。動かなくなったリモコンの電池を交換する
  • 「今日は何を食べた?」と毎日電話で確認する

こうした一つひとつは、それ単体では「介護」と呼ぶには小さすぎる行為です。けれど、これらが積み重なったときに初めて、親の暮らしは成り立っています。私たちは、これを「見えない介護」と呼んでもいいのではないかと感じています。

見える介護

入浴介助・排泄介助・食事介助・通院介助など、はっきりと「介護」と呼べる行為

見えない介護

ゴミ出し・電話での見守り・書類確認・電球交換など、リストに載らない無数の支え

⚠️ 家族が最も消耗するのは「見えない介護」の側

◎同居していなくても、関わりはすでに始まっている

「うちはまだ介護は始まっていない」と感じている方の中にも、すでに見えない介護の真っ最中である方が大勢いらっしゃいます。離れて暮らしていても、月に一度の帰省で冷蔵庫を整理しているなら、それはもう関わりが始まっているということです。

そして、この見えない介護こそが、家族が最も消耗しやすい部分でもあります。「介護をしている」という自覚がないまま、知らず知らずのうちに時間と気力を使っているからです。だから、ふとした瞬間にどっと疲れを感じる。原因が言語化できないまま、自分を責めてしまう方も少なくありません。

「介護をしている」と自覚することは、決してネガティブなことではありません。むしろ、自分の頑張りに名前を与えてあげることで、消耗のもとに気づくことができます。

■「介護はしない」と決めきれない理由

◎想定を立てる、というやわらかい準備

世の中には「親の介護はしない」「子どもに自分の介護はさせない」とはっきり決めておられる方もいらっしゃいます。それぞれの人生観として、もちろん尊重されるものです。

ただ、訪問診療の現場で多くのご家族を見ていると、いざその瞬間が来たときに、自分が想定していた通りに振る舞える方は、実はそれほど多くないように感じます。

理由はシンプルで、目の前で消耗している親を見ながら、心が何も動かずにいることのほうが、むしろ難しいからです。「自分が少し手を貸せば、母の負担が軽くなる」と分かったとき、何もしないという選択肢を取り続けることは、思っているよりずっと心の力が要ります。

だからこそ、「介護はしない」と決め切るのではなく、「もしかしたら関わることになるかもしれない」というバッファを持っておくこと。これは、いざその時が来たときに自分を追い詰めずに済むための、やわらかい準備です。

◎「迷惑をかけたくない」と「お互いさま」のあいだ

同じことは、ご自身の老後についても言えます。「子どもに迷惑をかけたくない」というお気持ちは、多くの親世代が共通して抱いているものです。

ただ、いざ自分の身体が思うように動かなくなったとき、その思いを最後まで貫けるかどうかは、また別の話です。毎日が消耗の連続になったときに、誰の手も借りずに過ごせる人は、ほとんどいません。

「迷惑をかけたくない」という気持ちと、「お互いさま」という関係性。この二つは、相反するように見えて、実はどちらも家族のあたたかさから生まれてくる感情です。前者だけで自分を縛らず、後者の余地も残しておくこと。それも、家族の心構えのひとつなのかもしれません。

■罪悪感を手放すための小さな視点

◎完璧な介護というものは、存在しない

ご家族とお話していて、よく耳にする言葉があります。「もっと早く気づいてあげればよかった」「あのとき、もっと優しくできていれば」「父が亡くなったあとも、自分を責める気持ちが消えない」。

訪問診療医として、こうした言葉を聞くたびに思うことがあります。完璧な介護というものは、どこにも存在しない、ということです。

介護に関わる時間が長くなるほど、誰でも疲れます。優しくできなくなる日もあります。投げ出したくなる夜もあります。それは介護をする家族として失格なのではなく、人間としてごく自然な反応です。

むしろ、完璧であろうとしすぎる方ほど、後になって自分を責めてしまう傾向があります。「もっとできたはず」と感じる方は、すでに十分すぎるほどのことをしてこられた方であることが、本当に多いのです。

◎訪問診療医が、家族にいつもお伝えしていること

私たちが患者さんのご家族に折にふれてお伝えしているのは、「あなたが見てきたものは、十分に価値があります」ということです。

毎日の声かけ。重くなったゴミ袋を運んだこと。電話を一本かけたこと。何かが大きく変わったわけではないかもしれません。けれど、そうした小さな関わりの一つひとつが、ご本人の毎日を確かに支えてきたのです。

そして、そうした関わりは、ご本人が亡くなられた後も、ご家族のなかに残ります。「あの時、ああやって関わってきたから、今の自分がある」と振り返れる日が、いつか必ず来ます。だから、今この瞬間の関わりに、どうか後ろめたさを感じすぎないでください。

■支える人こそ、支えを必要としている

◎「答えられない苦しみ」を、答えで処理しなくていい

親に関わるなかで、ご家族が直面する苦しみには、二つの種類があります。

ひとつは、答えが出せる苦しみ。介護保険の申請が複雑だ、薬の管理が面倒だ、ケアマネジャーとどう連携すればいいか分からない。こうした苦しみは、知識や情報や手続きによって、ある程度は答えを出していけます。

もうひとつは、答えが出せない苦しみです。親が確実に老いていくこと。記憶が少しずつ失われていくこと。自分にできることには限りがあるという事実。こうした苦しみには、根本的に「正解」がありません。

ご家族が罪悪感を抱えやすいのは、この答えのない苦しみに対して、無理に答えを出そうとしてしまうからかもしれません。「もっと寄り添えたはず」「もっと早く気づけたはず」と自分を責めるのは、答えのない問いに、自分を責めるという形で答えを出そうとしている状態とも言えます。

答えを出さなくてもいいのです。その苦しみをただそばで受け止める、それだけで十分な日が、本当にあります。

◎「誰かの支えになろうとする人こそ、一番、支えを必要としている」

私が以前、エンドオブライフ・ケア協会の研修で出会い、いまも折にふれて思い出す言葉があります。

誰かの支えになろうとする人こそ、一番、支えを必要としています。

介護の現場でご家族とお会いするなかで、本当にこの言葉どおりだと感じてきました。

親のために動いている方は、いつのまにかご自身が、誰かの支えを必要とする側に立っておられます。これは弱さではなく、人間の自然な構造です。支えるという行為は、どこかで自分の何かを差し出している行為だからです。

だから、誰かに支えてもらうことを、どうか恥じないでください。それは、支える側に回ったあなたが、いま当たり前に必要としているものです。

◎あなたを支えてくれているものを、思い出してみる

親に関わる時間が長くなってくると、ご自身を支えていたはずの何かが、少しずつ目に入らなくなっていくことがあります。

ご家族、友人、ペット、趣味、信仰、毎朝のコーヒー、お気に入りの音楽。どれも、これまでのご自身を支えてきてくれたものたちです。

「親のために頑張らなければ」と全力で前のめりになるよりも、ご自身の支えを持ったまま親と関わること。それが、結果として長く関わり続けるための土台になります。

訪問診療医としてご家族にときどきお伝えしているのは、「あなた自身を支えているものに、ちゃんと触れていてください」ということです。それは、親をないがしろにすることではありません。むしろ、長く穏やかに関わり続けるための、いちばん大事な準備のひとつです。

そして、私たちが訪問診療で大切にしているのは、患者さんご本人のケアだけではありません。そのそばで一緒に揺れているご家族を、医療者の側からも支えていくこと。それもまた、訪問診療という関わり方の、もうひとつの本質的な役割だと考えています。

■ひとりで抱え込まないという選択肢

◎早めの相談は、選択肢を広げる

親の日常に違和感を覚え始めた段階で、医療や介護の専門家に相談することは、決して大げさなことではありません。むしろ、早い段階で相談しておくことで、いざというときの選択肢がずっと広がります。

訪問診療というかたちも、その選択肢のひとつです。通院が難しくなってきた方、外来の待ち時間がご本人やご家族の大きな負担になっている方、ご自宅で穏やかに過ごしたいというお気持ちをお持ちの方。さまざまな状況のご家族と、これまで関わらせていただいてきました。

「まだ訪問診療を考える段階ではないかも」と感じておられる方からのご相談も、もちろん大歓迎です。今の状況をお聞きしながら、ご家族にとって何が一番無理のない関わり方なのかを、一緒に考えさせていただきます。

◎訪問診療は、ご家族にとっての支えにもなれます

訪問診療というと、患者さんご本人を診るための医療というイメージが強いかもしれません。実際には、ご自宅にお邪魔するたびに、ご家族の表情や言葉、暮らしの空気まで含めて拝見しています。それは、ご家族が今どんな状態にあるのかを、ご本人と同じくらい大切に受け止めたいからです。

「最近よく眠れていますか」「無理しすぎていませんか」。診察の合間に、ご家族にお声をかけることも珍しくありません。必要に応じて、ケアマネジャーや地域包括支援センター、訪問看護師など、ご家族を支える地域の専門職と一緒に支援のかたちを考えていきます。看取りの前後はもちろん、看取りの後のご家族の気持ちにも、できる範囲で寄り添わせていただきます。

ご家族のことを、ご家族だけで抱え込まなくていい。訪問診療というかたちは、そのための窓口にもなれると考えています。

◎ソーシャルワーカーによる無料の在宅相談(出張相談)のご案内

当院では、在宅連携室のソーシャルワーカー(相談員)が、ご自宅や入院先の病院まで直接お伺いする、無料の在宅相談を行っています。

「自宅でどんな診察や検査ができるのか知りたい」「往診と訪問診療の違いがよく分からない」「医療や福祉の制度が複雑で、誰に相談していいのか分からない」「いきなり医師に来てもらうのは、ちょっとハードルが高い」。在宅相談は、まさにそうした段階の方のための窓口です。そして、見えない介護に疲れてしまっていること、介護をめぐる家族のすれ違い、「こんなこと相談していいの?」とためらってしまうような悩みこそ、ソーシャルワーカーが一緒に整理させていただきたいテーマです。

ご本人を交えずに、ご家族だけでご相談いただくことも歓迎しています。ケアマネジャーや病院の相談員の方からのご連絡もお受けしていますので、支援者の方を通じてのご相談も可能です。在宅連携室直通(070-1242-6637、平日9:00〜17:30)のほか、当院のLINE公式アカウントからは訪問診療の概算費用の計算もできますので、あわせてご活用ください。在宅相談のご案内は、こちらのPDFでもご覧いただけます。

◎「あの時の関わりが、今につながっている」と思える日のために

訪問診療医として大切にしているのは、その瞬間だけでなく、何年か経ったあとに振り返ったときにも、ご家族の心のなかに残るような関わりです。

親の介護というのは、ご本人だけでなく、ご家族にとっても人生の大きな経験になります。そのなかで、できることなら、自分を責めて終わるのではなく、「あの関わりがあったから、今の自分がある」と思えるような時間にしていただきたい。それが、訪問診療医としての願いです。

親の変化に気づき始めたいま、何か気になることがあれば、どうぞお気軽にお声がけください。一緒に考えていけることが、きっとあるはずです。

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ごうホームクリニック 院長 伊藤剛

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