地震、台風、大雨、停電、通信障害。災害が起きたとき、在宅医療では「診療を続けるための情報」と「動ける体制」をできるだけ早く確認する必要があります。
在宅で療養されている方の中には、在宅酸素、吸引器、胃ろう、点滴、人工呼吸器など、日常生活の中で医療機器や医療材料を必要とされる方がいます。災害時には、電気、通信、移動手段、薬、物品、スタッフ体制のどれか一つが止まるだけでも、ふだん通りの支援が難しくなることがあります。
そのため当院では、BCP(事業継続計画)を「文書として保管するもの」だけで終わらせず、平時から点検し、災害時にすぐ使える形へ整える取り組みを進めています。その中心になるのが、院内向けの BCPポータル です。
この記事では、在宅医療のBCPポータルとは何か、当院がどのような情報を管理し、災害時にどのように患者さんの安全確認へつなげようとしているのかを、患者さん・ご家族にも分かる形でご紹介します。
目次
■在宅医療 BCPポータルとは?
◎BCPを「見える化」する院内システムです
BCPポータルは、災害時に必要な確認事項を一か所にまとめるための院内管理システムです。
ここでいうBCPとは、Business Continuity Plan の略で、日本語では「事業継続計画」といいます。医療機関にとっては、災害や感染症、停電、通信障害などが起きても、できるだけ診療を止めず、止まった場合にも早く再開するための計画です。
当院のBCPポータルでは、主に次のような情報を管理しています。
- 防災備品の在庫、期限、保管場所
- ポータブル電源、通信機器、IT機器の点検状況
- 職員の安否と出勤可否
- 患者さんの安全確認リスト
- 施設単位、居宅単位の確認状況
- 訓練後の課題や文書の見直し
災害時には、「何から確認するか」を迷う時間も大きなロスになります。BCPポータルは、確認すべき情報を整理し、必要な判断を早く行うための道具です。

◎患者さん・ご家族が直接操作するものではありません
BCPポータルは、患者さんやご家族がログインして使うものではありません。患者さんの情報や職員の回答状況を扱うため、院内の管理者・担当職員がアクセス制限された環境で使用します。
一方で、ポータルで整備している内容は、災害時の患者さん・ご家族への支援に直結します。たとえば、「電気が止まると困る方は誰か」「施設単位で確認できる方はどこか」「優先して連絡が必要な方は誰か」といった判断を、より早く行えるようにするためです。
■なぜBCPポータルが必要なのか
◎備えは「そろえる」だけでは足りません
防災備品は、一度購入して棚に置けば終わりではありません。
水や食品には期限があります。乾電池やモバイルバッテリーは、いざ使おうとしたときに残量がないことがあります。ポータブル電源や発電機は、定期的に動作確認をしておかないと、本番で使えない可能性があります。保管場所が分からなければ、必要なときに取り出せません。
BCPポータルでは、こうした「そろえた後の管理」を見える形にしています。
備品をそろえる
水・食料・電源・通信機器・衛生用品などを準備する
使える状態を維持する
期限・在庫・保管場所・点検日・責任者を確認し続ける
◎災害時は「人」と「患者さん」の状況把握が同時に必要です
在宅医療では、災害時に職員が全員すぐ出勤できるとは限りません。自宅や家族の安全確認、道路状況、公共交通機関、警報、介護や子どもの対応など、さまざまな理由で出勤できないことがあります。
同時に、患者さん側の確認も必要です。特に電気に依存する医療機器を使っている方、医療的ケアが必要な方、独居の方、施設に入所されている方などは、状況に応じて優先的な確認が必要になります。
BCPポータルでは、職員の状況と患者さんの確認状況を別々に管理しながら、災害時の初動判断につなげます。
■当院のBCPポータルで管理していること
◎防災備品・期限・保管場所
水、食料、感染対策用品、医療材料、簡易トイレ、懐中電灯、電池、延長コード、ポータブル電源などは、種類ごとに在庫数、最低在庫、期限、保管場所、責任者を管理します。
保管場所は文字だけでは分かりにくいため、備品そのものの写真や、保管場所の写真も登録できるようにしています。災害時には、ふだん担当していない職員が物品を取り出すこともあるため、視覚的に分かることは重要です。
◎電源・通信・ITの点検
停電や通信障害が起きたとき、診療を続けるためには、電源と通信がとても大切です。
当院では、ポータブル電源、通信手段、IT機器、非常用の閲覧環境、バックアップの状態などについて、点検日、点検実施者、次回点検日の目安を管理します。次回点検日を過ぎた項目は、画面上で分かるようにしています。
「あるはず」「動くはず」ではなく、平時に確認しておくことが、災害時の安心につながります。
◎職員の安否・出勤可否
災害時には、職員が自分の状況を短時間で報告できるよう、簡単な入力画面を用意しています。
入力する内容は、たとえば次のようなものです。
- 無事で出勤できる
- 無事だが出勤できない
- 負傷や支援が必要
- 勤務中・訪問中
- 状況未定で、あとで更新する
出勤できない理由や現在の所在、到着見込みなども選べるようにしています。これにより、災害時の人員配置を早く判断しやすくなります。
■患者安全確認をどう支えるか
◎患者一覧から対象月の確認リストを作ります
当院では、患者さんの一覧をもとに、災害日または訓練日の月に合わせた確認リストを作れるようにしています。
たとえば、7月1日に災害や訓練があった場合、本来は7月の患者一覧を使います。ただし、月初にはまだ当月分の一覧が整っていないこともあります。その場合は、直近の前月の一覧を使い、災害時の初動確認が止まらないようにしています。
これは、「最新の完全なデータがそろうまで動かない」のではなく、「まず直近の情報で動き始める」ための工夫です。
◎施設は施設単位で確認します
在宅医療の患者さんには、ご自宅で療養されている方と、施設で生活されている方がいます。
施設に入所されている方は、個別に一人ずつ確認するよりも、まず施設単位で状況を確認した方が早い場合があります。たとえば、施設代表者や職員の方と連絡が取れれば、その施設全体の状況をまとめて把握できることがあります。
BCPポータルでは、施設名ごとに患者さんをまとめ、人数が多い施設から確認しやすいようにしています。施設全体のメモと、患者さん個別のメモは分けて管理します。
◎優先確認が必要な方を見落とさないために
患者さんの状態によって、災害時の確認優先度は変わります。
たとえば、人工呼吸器、在宅酸素、吸引、胃ろう、医療的ケア、要介護度、独居などの情報は、災害時の確認優先度を考えるうえで重要です。
BCPポータルでは、こうした情報をもとに、最優先、高優先、通常確認といった形で整理し、確認漏れを減らすことを目指しています。
■患者さんの情報を守るための考え方
◎公開ページに患者情報は載せません
BCPポータルでは、患者さんの名前が入る確認リストを扱います。そのため、患者名つきの画面は、院内のアクセス制限された管理画面で扱います。
一方、職員向けの災害時案内ページには、患者名や職員別の回答状況は載せません。公開してよいのは、安否・出勤可否の入力案内、送信できない場合の連絡方法、短い注意事項だけです。
◎情報を集める目的は「災害時の判断を早くすること」です
災害時には、すべてを一度に確認することはできません。だからこそ、限られた時間と人員の中で、誰から確認するべきか、どの施設から連絡するべきか、どの備品や電源を優先して確認するべきかを判断する必要があります。
BCPポータルは、患者さんの情報をむやみに増やすためのものではありません。必要な情報を、必要な範囲で、安全に扱い、災害時の判断に役立てるための仕組みです。
■ご家族にお願いしたい備え
◎ご家庭の備えも、医療機関のBCPと同じくらい大切です
医療機関がBCPを整えても、ご家庭側の備えがまったくないと、災害時の対応は難しくなります。特に医療機器を使っている方、定期的な処置や薬が必要な方は、平時からの準備が大切です。
ご家庭では、次の点を確認しておくことをおすすめします。
- お薬手帳を最新にしておく
- 数日分の薬の余裕を確認する
- 医療機器のバッテリーが何時間もつか確認する
- 在宅酸素や医療機器の業者連絡先を分かる場所に置く
- 訪問看護、薬局、ケアマネジャー、クリニックの連絡先をまとめる
- 停電時に誰へ連絡するか、家族で決めておく
- 避難先や福祉避難所について、ケアマネジャーと確認する
すべてを一度にそろえる必要はありません。できるところから一つずつ備えていくことが、災害時の安心につながります。
◎当院も訓練と見直しを続けます
BCPは、一度作って終わりではありません。
備品の期限は過ぎます。職員体制は変わります。患者さんの状態も変わります。使っているシステムや連絡手段も変わります。
そのため当院では、BCPポータルを使いながら、平時の点検、訓練、課題の見直しを続けていきます。災害時に「使える備え」にするためには、日常の中で少しずつ更新し続けることが必要です。
■よくある質問
◎患者や家族もBCPポータルを使うのですか?
いいえ。BCPポータルは院内向けの管理システムです。患者さんやご家族が直接ログインして使うものではありません。
◎患者情報は公開されるのですか?
公開されません。患者名つきの確認リストは、アクセス制限された管理画面で扱います。職員向けの公開案内ページにも、患者名や職員別回答状況は載せません。
◎災害時に必ずすぐ訪問してもらえるという意味ですか?
災害の規模、道路状況、職員の安全、通信状況によって、すぐに訪問できない場合があります。BCPポータルは、限られた状況の中で優先度を判断し、確認漏れを減らすための仕組みです。
◎家庭で一番大切な備えは何ですか?
まずは、お薬手帳、連絡先、医療機器の電源、数日分の薬や必要物品を確認してください。医療機器を使っている方は、停電時の対応を訪問看護や機器業者、ケアマネジャーと相談しておくことが大切です。
◎BCPポータルは今後も改善されますか?
はい。実際の訓練や点検で見つかった課題をもとに、表示や運用を見直していきます。BCPは作って終わりではなく、使いながら改善していくものです。
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院長 伊藤剛

