医療の現場でも生成AI(文章を作るAI)の活用が広がっています。当院でも、書類作成の補助など事務的な業務の一部にAIを取り入れています。
一方で、患者さんの情報を扱う医療機関がAIを使うには、一般企業よりもはるかに慎重な設計が求められます。「有名なサービスだから大丈夫」「クラウドの安全な経路を通しているから大丈夫」といった製品名ベースの判断は、医療情報の世界では通用しません。これはClaudeに限らず、ChatGPTでもGeminiでも同じです。
最近、AIの専門家の間でも「AWS Bedrockという安全性の高い経路を使っていても、モデルによっては入力した内容が30日間保持される例外がある」という重要な指摘がありました。当院はこの論点を確認し、運用に反映しています。
この記事では、医療で生成AIを使うときに何が問われるのか、国のガイドラインはどう定めているのか、そして当院が具体的にどんな対応と文書整備をしているのかを、できる限り出典付きでお伝えします。患者さん・ご家族はもちろん、連携してくださる医療・介護機関の皆さまにも、当院の情報管理の考え方を知っていただければ幸いです。
※本記事の内容は2026年6月13日時点の情報に基づいています。ガイドラインも各AIサービスの規約・データ取り扱いポリシーも頻繁に更新されるため、実際にご判断される際は必ず各機関・各社の最新の原文をご確認ください(更新され続けることへの当院の対応は記事後半で説明します)。
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目次
■医療で生成AIを使うときに問われること
◎製品名では安全性を判断できない
「ChatGPTは危ない」「Claudeなら安全」「AWSを通せば大丈夫」——こうした製品名による判断は、どれも不正確です。医療の生成AI利用とガイドラインの関係で本当に問われるのは、次のような点です。
- 入力した内容(プロンプト)がどこに送られ、何日間残るのか
- AIの学習に使われない契約になっているか
- 誰がその利用を許可し、記録を確認できるのか
- 事故が起きたとき、医療機関として説明できるか
同じAIでも、契約・設定・運用によって安全にも危険にもなります。判断すべきは製品名ではなく「責任の設計」です。
◎個人利用と組織利用を混ぜない
最も危険なのは、職員が個人のスマートフォンのAIアプリに患者さんの情報を入力してしまうような「個人利用と業務の混在」です。これは契約も記録も管理も存在しない状態であり、当院では明確に禁止しています。業務でAIを使う場合は、必ず医療機関が管理する経路だけを使う——これが出発点になります。
■当院が生成AIを「使っている場面」と「使っていない場面」
◎使っている場面:事務作業の支援
当院がAIを使うのは、届出書類の下書き支援や文書の整理といった事務的な業務です。AIの出力はそのまま使わず、必ず医師・職員が内容を確認してから利用します。
◎使っていない場面:診断・治療の判断
診断や治療方針の決定にAIは使っていません。これは方針として決めているだけでなく、AI提供事業者の利用規約上も、臨床判断への利用には厳格な条件(資格を持つ専門家による確認など)や明文の禁止が課されている領域だからです。
■AWS Bedrockの基本的な安全性と「例外」
◎通常ルール:入力も出力も保存されず、学習にも使われない
当院がAIの経路として採用しているのは、AWS(Amazon Web Services)の「Bedrock」というサービスです。採用理由は明確で、AWSの公式ドキュメントにおいて次の点が明記されているためです。
- 入力(プロンプト)と出力はAIモデルの学習に使われない
- モデルの提供会社(Anthropic社など)は顧客の入出力にアクセスできない
- 東京リージョン(国内のデータセンター)で処理を完結させる構成が選べる
一般向けのチャットAIアプリとの最大の違いがここです。当院は処理を国内リージョンに固定する方針で運用しています。
◎例外:入出力が30日間保持されるモデルがある
ただし2026年6月、この「通常ルール」に重要な例外が登場しました。Anthropic社の最新モデル「Claude Fable 5」「Claude Mythos 5」(Mythos系と呼ばれる世代)は、安全性確認のため入力と出力を最大30日間保持することが公式に明記されています(出典:Anthropic公式ヘルプ「Data retention practices for Mythos-class models」)。
しかもこの保持は、AWS Bedrock経由でも適用されます。Bedrock側の公式ドキュメントでも、これらのモデルを使うには「provider data sharing(モデル提供会社へのデータ共有)」を明示的に許可する設定が必要で、共有されたデータはAWSのセキュリティ境界の外でAnthropic社により最大30日保持されると説明されています(出典:AWS Bedrock公式「Data retention」)。
通常のBedrockモデル
入出力は保存されない
学習に使われない
提供会社はアクセス不可
Mythos系モデル(Fable 5等)
入出力を最大30日保持
提供会社へのデータ共有が必須
AWSの境界の外に出る
つまり「Bedrockだから安全」と一括りにはできず、モデルごとに保持モードを確認する必要があるということです。
◎経路の違いにも注意が必要
さらに、同じAWS経由の請求でも「Claude Platform on AWS」のようにBedrockとはデータの境界が異なるサービスもあります。確認すべきは請求書の宛先ではなく、データがどの境界の中で処理されるかです。
■ChatGPT・Geminiでも同じ準備と体制が必要
◎この問題はClaude固有ではない
ここまでClaude(Anthropic社)を例に説明してきましたが、「経路と契約とモデルごとの確認が必要」という構造は、ChatGPT(OpenAI社)でもGemini(Google社)でもまったく同じです。どのAIを選んでも、医療機関側に求められる準備と体制は変わりません。
◎ChatGPTの場合
ChatGPTにも「個人向け」と「法人向け・API」で大きな違いがあります。
- 個人向けChatGPT(無料版・Plus):設定によっては会話内容がAIの改善(学習)に使われます。医療機関の業務で患者さんの情報を入力することは、契約・管理の面で成立しません
- 法人向け(Enterprise等)・API:入力内容は学習に使われないことが規約上明記されています。ただしAPIでも不正利用監視のため既定で一定期間(最大30日)ログが保持され、保持なし(ゼロデータリテンション)は対象機能・申請による限定的な扱いです
つまりOpenAIにも「学習には使わないが、一定期間保持される」という、Bedrockの例外と同じ型の論点が存在します。確認すべき項目はClaudeの場合と同一です。
◎Geminiの場合
Googleも同様に、経路によってデータの扱いが大きく異なります。
- 個人向けGeminiアプリ:会話内容が品質向上のため人間のレビュー担当者に確認される場合があり、レビュー対象となったデータは長期間保持され得ます。業務利用は成立しません
- Google Workspace組み込みのGemini/Vertex AI(法人向け):顧客データを組織外のモデル学習に使わないことが規約で担保され、Vertex AIではリージョン指定等の統制も可能です
さらにGoogleには医療機関として見逃せない固有の論点があります。Google Workspaceの利用規約(Service Specific Terms)には「Healthcare Restrictions(医療利用の制限)」という条項があり、生成AI機能を診断・治療など臨床目的に使うことが明文で禁止されています(事務利用は制限対象外と明記)。つまりGeminiの場合、ガイドライン対応の前に契約上、臨床利用そのものができないのです(出典:Google Workspace Service Specific Terms)。
◎3社共通の確認項目
整理すると、どのAIでも医療機関が確認すべきことは同じ表に収まります(いずれも2026年6月13日時点の整理です)。
| 確認項目 | Claude | ChatGPT | Gemini |
|---|---|---|---|
| 個人向けアプリでの業務利用 | 不可 | 不可 | 不可 |
| 法人経路での学習利用の除外 | Bedrock等で担保 | Enterprise・APIで担保 | Workspace・Vertex AIで担保 |
| 保持期間の例外の有無 | Mythos系は30日保持 | APIは既定で最大30日保持 | 経路・設定により異なる |
| 臨床利用の規約上の制限 | 専門家の確認が条件 | 専門家の関与等が条件 | 生成AIの臨床利用は明文で禁止 |
| 国内処理の選択可否 | Bedrock東京リージョンで可 | 要確認(経路による) | Vertex AIの設定により可 |
「どのAIなら安全か」ではなく「どのAIでも、この表を埋めてから使う」——これが医療機関に求められる準備と体制です。表を埋められない経路(個人アカウント等)は、その時点で業務利用の選択肢から外れます。
■当院の対応:医療AIガバナンスの実際
◎技術面の対応
- 保持モードでモデルを選ぶ:入出力が保存されないモードで使えるモデルのみを業務利用の対象とし、30日保持となるモデル(データ共有設定が必要なモデル)は患者さんに関わる業務では使わない
- 当院で採用しているモデル:Claude Haiku 4.5(短文・抽出系)、Claude Sonnet 4.6(医療文書全般の標準)、Claude Opus 4.8(最高品質が必要な場合)。いずれも入出力が保存されないモードで、国内完結の推論プロファイル(jp.)で利用しています。Claude Fable 5は、30日保持の対象であることに加え、国内完結の推論プロファイルが提供されていないため不採用としています(データ共有の同意自体を締結していない)
- 国内リージョンに固定:処理が国外リージョンへ広がる設定(クロスリージョン推論の海外プロファイル等)は使わない
- 患者さんの情報を入力できる経路の限定:医療情報システムの入力は、上記の条件(保存なし・学習不使用・国内処理・契約による担保)をすべて満たした経路に限定しています
- 記録に患者情報を残さない工夫:経路が適切であっても、利用ログやファイル名には患者さんの氏名をそのまま残さず、仮名化して記録しています
◎運用面の対応
- 職員ごとの利用キー:AIの利用権限は職員個人単位で発行し、退職時には速やかに失効させる手順を定めている
- 利用記録の集約と点検:いつ・誰が・どの程度AIを利用したかの記録を集約し、定期的に確認している
- 個人アカウント利用の禁止:個人のスマートフォンアプリ等に業務情報を入力しないことを院内ルールとして明確化している
- 患者さんへの説明と同意:AIを文書作成の補助に使うことを説明文書・同意書・院内掲示で明示し、同意をいただいていない患者さんの情報はAI処理の対象外としている
- 人間による確認の徹底:AIの出力は必ず職員・医師が確認してから業務に使う
◎文書面の対応:「言える」ではなく「示せる」状態にする
技術と運用を整えても、それを文書で示せなければ、運営指導や万一の事故の際に説明責任を果たせません。当院では、国際的な情報セキュリティ規格ISO/IEC 27001(JIS Q 27001)の方針項目に沿った安全管理方針を起点に、次の文書群の整備を進めています。
| 文書 | 内容 |
|---|---|
| 安全管理方針・運用管理規程 | ISO/IEC 27001の方針要素を踏まえ、ガイドラインが求める規程事項(アクセス権限・バックアップ・持ち出し・教育など)を定めたもの |
| ガイドライン対応表 | 厚労省ガイドライン第6.0版の要求項目を一つずつ抽出し、当院の対策・設定・証跡と突き合わせた一覧 |
| 医療情報システム台帳 | 患者さんの情報が流れるシステム(AIサービスを含む)をすべて台帳化し、責任の分担を明記 |
| リスク評価書 | 残るリスクと、それをどう判断したかの記録 |
| 点検記録 | 月次のログ点検・年次のガイドライン更新確認の実施記録 |
ポイントは、文書を「作って終わり」にせず、実際の設定・運用と一致した状態を点検で維持し続けることです。実態と乖離した立派な規程は、かえって説明責任を損ないます。
■拠り所にしているガイドライン
◎3省2ガイドラインとは
医療機関の情報管理の基準となるのが、通称「3省2ガイドライン」です。
| ガイドライン | 所管 | 対象 |
|---|---|---|
| 医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第6.0版 | 厚生労働省 | 医療機関 |
| 医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン 第2.0版 | 経済産業省・総務省 | サービス事業者 |
原文はいずれも公開されています(厚生労働省ガイドライン公式ページ/経産省・総務省ガイドラインPDF)。
◎生成AIに直接言及する条項がある
厚労省ガイドラインのQ&A(令和7年5月版)には、生成AIの利用に直接答える項目があります。要旨は「生成AIのプロンプトとして医療情報を入力する場合、AIの学習等のために保存されないことが契約等で担保されていることが条件」というものです(企画管理編Q&A)。当院がBedrockを採用し、保持モードをモデル単位で確認しているのは、まさにこの条項への対応です。この条件はサービス名を問わず適用されるため、ChatGPTやGeminiを使う場合も同じ確認が必要になります。
また、同Q&Aの概説編には「患者の医療情報をWebサービスに保存・やり取りした時点で、そのサービスは医療情報システムに該当し、ガイドライン全編が適用される」という趣旨の項目もあります。「ちょっと使うだけだから対象外」という抜け道はない、ということです。
◎事業者まかせにせず、医療機関が確認する
ガイドラインの構造上、クラウドやAIのサービスが安全基準を満たしているかを最終的に確認する責任は、サービス提供者ではなく医療機関側にあります。具体的には、政府のクラウドセキュリティ評価制度(ISMAP)への登録確認に加え、審査対象範囲を記した「言明書」の確認、事業者がガイドラインを守ることの契約上の担保と定期的な確認までが求められています(企画管理編)。当院も、利用するサービスについてこれらの確認結果を前述のガイドライン対応表に記録し、文書として残す運用にしています。
■ガイドラインは更新され続ける
◎これまでの改定の歩み
医療情報のガイドラインは一度作って終わりではなく、技術の変化に合わせて更新され続けています。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2017年5月 | 第5版(クラウド利用の本格的な整理) |
| 2021年1月〜2022年3月 | 第5.1版・第5.2版(ランサムウェア対策の強化など) |
| 2023年5月 | 第6.0版(現行版。経営・企画・運用の3編構成に再編) |
| 2025年3月 | 事業者向けガイドライン第2.0版の改定 |
| 2025年5月 | 第6.0版Q&Aの更新(生成AIに関する項目を含む) |
ほぼ毎年、どこかが更新されているのが分かります。生成AIのような新しい技術は、まずQ&Aの追記で対応され、その後の版改定で本文に取り込まれる流れが定着しています。
◎AIサービス側の規約も変わり続ける
更新されるのはガイドラインだけではありません。今回のMythos系モデルの30日保持のように、AIサービス側の保持ポリシーや利用規約も頻繁に変わります。OpenAIやGoogleの規約・データ取り扱いポリシーも例外ではなく、「契約した時点では安全だった」が「いつの間にか条件が変わっていた」は十分に起こり得ます。本記事が「2026年6月13日時点」と明記しているのも、この変化の速さが理由です。
◎当院の追従ルール
そこで当院では、「一度対応して終わり」ではなく「定期的に差分を確認する仕組み」を運用ルールにしています。ガイドラインの最新版・Q&Aの更新有無を年1回確認し、利用しているAIサービスの保持ポリシーや利用規約の変更もあわせて点検し、結果を点検記録に残す——今回の30日保持のような変更は、まさにこの点検で拾うべき種類の情報です。
■まとめ:モデル名ではなく「1枚の表」で管理する
医療で生成AIを使う際の当院の結論は、次の表に集約されます。
| 確認項目 | 当院の基準 |
|---|---|
| 経路 | AWS Bedrock(学習不使用・提供会社アクセス不可が明記された経路) |
| リージョン | 国内(東京)で処理を完結 |
| モデル | 入出力が保存されないモードで使えるものだけを採用(Haiku 4.5/Sonnet 4.6/Opus 4.8。Fable 5は不採用) |
| 入力経路 | 患者さんの情報は、条件を満たした経路のみに入力(同意取得済み・ログやファイル名は仮名化) |
| 権限 | 職員ごとに発行し、退職時に失効 |
| 記録 | 利用ログを集約し、定期的に点検 |
| 文書 | ISO/IEC 27001に沿った方針・規程、対応表、台帳、リスク評価、点検記録 |
| 根拠 | 3省2ガイドライン(年1回、更新を確認) |
「Claudeだから危険」でも「Bedrockだから安全」でもなく、またChatGPTでもGeminiでも同じように、経路・モデル・保持設定・契約・記録・文書をひとつの表で管理し、変化があれば更新する——これが当院の考える医療AIガバナンスです。
在宅医療の現場は、書類や連絡業務が多く、AIによる効率化の恩恵が大きい領域です。だからこそ、安全性の確認を省略せず、効率化と情報保護を両立させていきます。この記事が、同じように生成AI活用を検討している医療・介護機関の参考になれば幸いです(繰り返しになりますが、本記事は2026年6月13日時点の情報です。最新の状況は各原文をご確認ください)。

ごうホームクリニック
院長 伊藤剛

