在宅で大切なご家族の看取りに向き合っているとき、「もし急変したら、救急車を呼べばいいですよね」と口にされることがあります。前日に病状の進行を説明されたばかりでも、です。
「家で穏やかに見送りたい」と思う日もあれば、「やっぱり病院へ」と気持ちが傾く日もある。在宅看取りで家族の気持ちが揺れるのは、知識が足りないからではなく、ごく自然な心の動きです。
大切なのは、揺れをなくすことではありません。揺れたまま、その思いをどう抱え、どう支え合っていくか。その支え方にこそ、私たち訪問診療チームの役割があると考えています。
この記事では、在宅看取りで揺れる家族の気持ちがなぜ生まれるのかをやさしく解きほぐしながら、ご家族自身ができること、そして私たち医療チームがどう寄り添うかを、研究の知見とともにお伝えします。
目次
■在宅看取りで、家族の気持ちが揺れるのは自然なこと
「家で看取る」と一度心を決めても、その決意がずっと揺るがないということは、むしろ稀です。揺れること自体を、どうか責めないでください。
◎「家で看取る」と決めても、揺れて当然です
終末期にあるお母様を、ご自宅で介護されている娘さんがいらっしゃるとします。前日の訪問で病状が最終段階に入っていることをお伝えし、娘さんも涙ながらにうなずいておられました。
ところが翌日、訪問看護に電話が入ります。「呼吸が変わってきた気がする。やっぱり、救急車を呼んだほうがいいでしょうか」。これは特定の方のお話ではなく、私たちが日々の訪問で出会う、ありふれた光景をもとにした一例です。
知っているからこそ、怖い。あきらめたくない。何もしなかったと後悔したくない。その気持ちが「救急車を」という言葉になって出てきます。これは無理解ではなく、揺れそのものです。

◎揺れは「アンビバレンス」――相反する気持ちの同居
「できるだけのことをしてあげたい」という思いと、「これ以上つらい思いはさせたくない」という思い。正反対の気持ちが、同じ胸の中に同時にある。これを専門的には「アンビバレンス(両価性)」と呼びます。
家族介護者の語りを丁寧に聞き取った研究では、こうした相反する感情を抱えながら介護を続ける姿が、けっして弱さや未熟さではなく、深く関わっているからこそ生まれる自然な状態として描かれています。揺れは、埋めるべき欠落ではなく、人として大切な誰かに向き合っているときの、ふつうの姿なのです。
■「分かっている」のに揺れる、その理由
ご家族は、病状を知らないわけではありません。説明も聞き、多くの場合メモまで取っておられます。それでも揺れる。その理由を知っておくと、揺れる自分を少し許しやすくなります。
◎病状を「知ること」と「受け入れること」は、別の作業です
頭で事実を知ることと、その事実を心で受け止めることは、まったく別の道のりです。研究でも、病状や見通しの「認識」は、知っているか・知らないかの二つに割り切れるものではなく、いくつもの層が重なり合ったものだと整理されています。
実際、症状について説明を聞いていても、いざその場面でどう対処すればよいか分からず立ちすくんでしまう――そんな家族の困難も報告されています。「知っている」ことと「対処できる」ことのあいだには、大きな隔たりがあるのです。だから、説明を聞いたうえで迷うのは、当たり前のことなのです。
◎「本当はどこまで知りたいか」も、揺れています
予後の見通しについて、家族の本音もまた揺れています。「もっと詳しく知っておきたかった」という声と、「知りたくなかった」という声が、同じ人の中に同居することもある。研究では、最初は知りたくないと答えた方が、後になって「やはり知っておけばよかった」と振り返る、という揺れも報告されています。
知りたい気持ちと、知るのが怖い気持ち。そのどちらもが自然です。私たちは、ご家族が「いま、どこまで知りたいか」に合わせて、お伝えする内容やペースを調整したいと考えています。
■揺れる思いと、ご家族はどう向き合うか
揺れをゼロにすることはできません。けれど、揺れとの付き合い方には、少しだけコツがあります。ご家族自身の気持ちの揺れと、そして揺れ動くご本人の思いを、どう受け止めていくかをお伝えします。
◎迷っていい、と自分に許す
まず知っておいていただきたいのは、迷うことは決断できない弱さではない、ということです。それだけ真剣に向き合っている証です。どうでもいい相手のことで、人はこんなに揺れません。
「迷ってはいけない」「決めたからには貫かなければ」と自分を追い込まないでください。迷えること自体が、深い愛情のしるしです。
◎気持ちを言葉にして、ひとりで抱えない
胸の中だけで揺れていると、迷いはどんどん重くなります。「怖い」「あきらめたくない」「でも疲れた」――どんな気持ちも、言葉にして外に出すことで、少し軽くなります。
ご家族の中で話してもいいですし、私たち訪問診療チームや訪問看護師に打ち明けていただいてもかまいません。迷いを口にすることは、私たちにとって困りごとではなく、むしろありがたいことです。その迷いの中にこそ、本当に必要な支えのヒントがあるからです。
◎「今日はこう、明日は違う」で、かまいません
今日は「家で穏やかに」と思えても、明日には「やっぱり病院で」と揺れる。それは後退ではなく、受け入れに向かう自然な過程です。行きつ戻りつしながら、少しずつ気持ちは定まっていきます。
一日ごとに気持ちが変わっても、ご自分を責めないでください。その揺らぎごと、私たちは受け止めます。
◎ご本人の気持ちが変わっても、おおらかに受け止める
揺れるのは、ご家族だけではありません。ご本人もまた、「家にいたい」と言った翌日に「やっぱり病院のほうが」と気持ちが変わることがあります。
そんなとき、つい「さっきと言っていることが違う」「家がいいって、そう決めたじゃない」と返したくなるかもしれません。けれど、ご本人にとってそれは、決めたことをひるがえす身勝手ではなく、残された時間のなかでゆれ動く、自然な心の動きです。
「うん、そう思う日もあるよね」と、変わった思いをそのまま受け止める。気持ちが変わることを責めない、おおらかな関わりこそが、ご本人にとって、いちばん安心して本音を話せる場所になります。揺れていい、変わっていいと感じられることが、ご本人とご家族の双方にとって、何よりの支えになります。
■私たち訪問診療チームが、揺れをどう支えるか
揺れる思いは、ご家族だけで抱えるものではありません。私たち医療チームが、どのように支えていくのかをお伝えします。
◎話し合いは、一度きりではありません
「もしものとき、どうするか」という話し合いは、一度決めたら終わり、ではありません。国の指針でも、人生の最終段階の医療・ケアの方針は、本人や家族と医療・ケアチームが繰り返し話し合い、そのつど見直していくプロセスとされています。こうした繰り返しの話し合いを、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)と呼びます。
気持ちが変われば、方針も一緒に見直していい。私たちは、その話し合いを何度でもお手伝いします。
◎決めた方針は、いつでも見直せます
一度「家で看取る」と決めたら、もう救急車は呼べない――そんなことはありません。在宅看取りは、変えられない契約ではないのです。
気持ちが揺れたとき、やはり病院でと思い直したとき、いつでも方針を見直せます。迷ったら、まずは私たち訪問診療チームにご相談ください。慌てて救急車を呼ぶ前に、一度ご連絡いただければ、状況をうかがって、これからどうするかを一緒に考えます。
◎チームで「迷い」を共有します
私たちは、ご家族の言葉や私たちの受け止めを、診療記録だけでなく、訪問看護・ケアマネジャー・ヘルパーといった多職種で情報を共有する連携ツール(MCS=メディカルケアステーションなど)にも残しています。
そこに残したいのは、「分かっている/いない」という査定ではありません。誰がいつ何を伝えたか、ご家族が実際にどんな言葉を口にされたか、そして「いま、受け入れの途中で揺れておられる」という私たちの受け止めです。チーム全員が同じまなざしでご家族に寄り添えるように、迷いそのものを大切に共有していきます。
■後悔を残さないために、いま話しておきたいこと
揺れることは自然です。同時に、後から「あれでよかったのだろうか」という思いをできるだけ残さないために、いま話しておけることもあります。
◎「もしものとき、どこまでの医療を望むか」
救急搬送には、ご本人にとって負担の大きい処置が伴うこともあります。だからこそ、「もしものとき、どこまでの医療を望むか」を、お元気なうちからご家族と一緒に話し合っておくことが、後悔を小さくする助けになります。
在宅で終末期を過ごし看取られたご家族の振り返りには、満足と後悔の両方が含まれ、どちらか一方に割り切れるものではなかった、という報告もあります。揺れたことも、迷ったことも含めて、その時々で精一杯考えた――その事実が、のちのちのご家族を支えてくれます。
◎救急車を呼ぶ前に、まず私たちに一本の電話を
在宅看取りの体制では、急変時にまずご連絡いただく窓口を、あらかじめお伝えしています。「呼吸が変わった気がする」「どうしたらいいか分からない」――そんなときは、救急車を呼ぶ前に、まずは訪問診療チームや訪問看護にお電話ください。
そのうえで救急搬送を選ぶことも、もちろんできます。大切なのは、慌てて決める前に、一緒に考える時間を持つことです。
■在宅看取りについて、よくあるご質問
最後に、ご家族からよくいただくご質問にお答えします。
◎Q. 一度「家で看取る」と決めたら、もう救急車は呼べないのですか?
そんなことはありません。在宅看取りは、一度決めたら変えられない契約ではありません。気持ちが揺れたとき、やはり病院でと思い直したとき、いつでも方針を見直せます。迷ったら、まずは私たち訪問診療チームにご相談ください。
◎Q. 救急車を呼ぶと、本人につらい処置をされてしまいますか?
救急搬送には、ご本人にとって負担の大きい処置が伴うこともあります。だからこそ、「もしものとき、どこまでの医療を望むか」を、お元気なうちからご家族と一緒に話し合っておくこと(ACP)が大切です。私たちはその話し合いを、何度でもお手伝いします。
◎Q. 迷っていることを、訪問の医師や看護師に伝えてもいいのでしょうか?
ぜひ伝えてください。迷いを打ち明けていただくことは、私たちにとって困りごとではなく、ありがたいことです。その迷いの中にこそ、本当に必要な支えのヒントがあります。
◎Q. 急変したとき、まず誰に連絡すればいいですか?
在宅看取りの体制では、急変時にまずご連絡いただく窓口を、あらかじめお伝えしています。慌てて救急車を呼ぶ前に、まずは訪問診療チームや訪問看護にご連絡ください。状況をうかがい、これからどうするかを一緒に考えます。
■名古屋で在宅看取りに向き合うご家族へ
在宅での看取りに、正解はありません。迷うこと、揺れること、途中で気持ちが変わること――そのすべてが自然な過程です。
「急変したら救急車を」と思う日があってもいい。「やっぱり家で」と思い直す日があってもいい。私たち訪問診療チームは、その揺れごと受け止め、最後までご家族に伴走します。
どうか、ひとりで抱え込まず、迷いはそのまま私たちにお話しください。その迷いを一緒に整理していくことが、私たちの役割です。
■この記事で参考にした研究・資料
本記事は、終末期・在宅看取りにおける家族の心理や意思決定支援に関する、以下の公的指針および学術研究を参考にしています。専門家による一次情報をもとに、ご家族に向けてやさしく書き直したものです。
- 厚生労働省(2018)「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(改訂版)」――方針は状況の変化に応じて繰り返し話し合うことが重要、と明記。リンク
- 大濱悦子・福井小紀子(2019)「国内外のアドバンス・ケア・プランニングに関する文献検討とそれに対する一考察」『Palliative Care Research』14(4)――ACPは一度きりでなく繰り返すプロセスであること。リンク
- 広瀬美千代(2010)「家族介護者の『アンビバレントな世界』における語りの記述」『老年社会科学』31(4)――相反する気持ちの同居は弱さでなく自然な姿であること。リンク
- 川瀬清美ほか(2017)「積極的治療終了後に在宅生活を中断したがん患者の家族が抱える困難」『Palliative Care Research』12(2)――「知っている」ことと「対処できる」ことの隔たり。リンク
- 中里和弘ほか(2020)「終末期における医療者から家族への意思決定支援が遺族の看取りの満足度に及ぼす影響」『日本老年医学会雑誌』57(2)――本人の希望に寄り添う支援が遺族の満足を高めること。リンク
- 安藤満代・二之阪泰人(2014)「在宅で終末期の家族を看取った遺族から見た在宅療養への認識」『生命倫理』24(1)――遺族の受け止めには満足と後悔の両方が含まれること。リンク
- Applebaum AJ ほか(2014)”Conceptualizing prognostic awareness in advanced cancer: A systematic review.”『Journal of Health Psychology』19(9)――予後の認識は二値でなく多層的であること。リンク
- Krawczyk M & Gallagher R(2016)”Communicating prognostic uncertainty in potential end-of-life contexts: experiences of family members.”『BMC Palliative Care』15:59――「知りたい/知りたくない」という家族の気持ちの揺れ。リンク
- Miyashita M ほか(2015)”A Nationwide Survey of Quality of End-of-Life Cancer Care …: The J-HOPE Study.”『Journal of Pain and Symptom Management』50(1)――在宅看取りでも質の高い看取りが実現しうること。リンク
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