親の介護について調べたり、考えたりするうちに、ふと別の問いが頭をよぎることがあります。「自分が介護される側になったとき、家族はどう感じるのだろう」という問いです。
子どもに迷惑をかけたくない。そう思っている方は多いはずです。けれど、年齢を重ねれば、誰かの手を借りずに暮らしを完結させることは、ほとんどの場合できなくなります。そのとき、手を貸してくれる人が、どんな気持ちで自分のそばにいてくれるのか。義務感からなのか、それとも心からなのか。その違いは、人生の最終盤の暮らしの質を、想像以上に大きく左右します。
訪問診療の現場では、数えきれないほどのご家庭にお邪魔し、患者さんとご家族の関係性をそばで拝見してきました。そのなかで気づいた、言葉にしにくいけれど確かにある現実があります。それは、家族から自然に大切にされている方には、ある共通点があるということです。
この記事では、介護される側の心構えというテーマを軸に、訪問診療医が現場で見てきた「大切にされる人」の姿と、いつか介護される側になる私たちが、いまから育てていける家族との関係性についてお伝えします。親の介護に向き合っている方にとっても、ご自身のこれからを考えるうえでも、ひとつの視点になれば幸いです。
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ごうホームクリニックでは在宅医療・介護の知識をpodcastで配信しています。本記事のテーマをpodcastで詳しく解説していますので、あわせてご視聴ください。
目次
■介護の現場で見えてくる「大切にされる人」の共通点
◎医療者として言いにくい、けれど確かにある現実
訪問診療でさまざまなご家庭にお伺いしていると、ご家族の関わり方には本当に大きな幅があることを実感します。毎日笑顔で声をかけ、こまやかに世話を焼くご家族もいれば、必要最低限の関わりにとどめ、どこか距離を置いているご家族もいます。
その違いを生んでいるものは何か。介護する側の性格や事情ももちろんありますが、それだけでは説明がつきません。長く現場にいると、介護される側のあり方が、ご家族の関わり方に静かに影響していることに気づかされます。
「ありがとう」と言える方。世話をしてくれる人を気遣う一言が出る方。失敗を笑いに変えられる方。そうした方のまわりには、自然と人が集まり、ご家族の表情もやわらかくなります。逆に、不満や文句が先に立ち、周囲のせいにする言葉が続く方のそばでは、ご家族の心が少しずつすり減っていくのが、傍目にも分かることがあります。
親の介護に関わっておられる方のなかには、会いに行かなければと思いながらも、ついつい足が遠のいてしまう。そんな苦しい状況を経験されている方も、決して少なくないと思います。それは介護の現場で長く働く専門職もまた、幾度となく見守ってきた光景です。

◎「愛嬌」は生まれつきの性格ではなく、関係性への態度
愛嬌という言葉を使うと、「自分は無愛想な性格だから無理だ」と感じる方がいらっしゃるかもしれません。けれど、ここでお伝えしたい愛嬌とは、明るくおしゃべりであることや、社交的であることではありません。
手を貸してくれる相手を、ひとりの人として尊重する態度。助けてもらったときに、それを当然と思わない心の姿勢。うまくいかない日があっても、まわりに当たり散らさない自制心。そうした関係性への態度の積み重ねが、ここで言う愛嬌の正体です。
口数が少なくても、目で「ありがとう」を伝えられる方はたくさんいらっしゃいます。性格の問題ではなく、態度の選択の問題なのです。そしてこれは、何歳からでも変えていくことができます。
■なぜ年を重ねると「愛嬌」が失われやすいのか
◎日常が戦いに変わると、心の余裕が削られる
ここで、介護される側を責めるような話に聞こえてしまったら、それは本意ではありません。年を重ねた方の不機嫌や頑固さには、外からは見えない理由があることを、まずお伝えしておきたいのです。
足腰が弱り、痛みやだるさを常に抱えるようになると、起き上がる、着替える、トイレに行くといった一つひとつの動作が「ひと仕事」に変わります。健康な人にとって呼吸のように無意識な日常が、本人にとっては毎日の戦いになっている。その消耗のなかでは、誰でも心の余裕が削られていきます。
他人への気遣いというのは、心に余裕があって初めてできるものです。余裕を失った人が自分のことで精一杯になるのは、わがままではなく、人間の自然な反応です。
◎喪失体験とプライドが、素直さを難しくする
もうひとつの背景は、喪失体験です。仕事を退き、役割を失い、できていたことが一つずつできなくなっていく。その過程は、本人にとって自尊心が削られ続ける体験でもあります。
「足が良くならない」と嘆きながら、リハビリには行きたがらない。アドバイスを聞かず、うまくいかないことを周囲や医療のせいにする。訪問診療の現場では、そうした姿に出会うことが少なくありません。ご家族からすればもどかしい限りですが、その奥には「衰えていく自分を認めたくない」という痛みが隠れていることが多いのです。
ただ、理由があることと、関係性が損なわれないことは、残念ながら別の問題です。背景にどれだけ事情があっても、不満と他責の言葉を浴び続けるご家族の心は、確実に消耗していきます。だからこそ、まだ心に余裕のあるうちから、関係性への態度を意識しておくことに意味があるのです。
■家族の心は、義務だけでは続かない
◎「身内だから当然」が通用しない時代
「家族なのだから、面倒を見るのが当たり前」。そう考えたくなる気持ちは分かります。けれど、訪問診療の現場から見える現実は、もう少し複雑です。
実際、介護の多くはいまも家族が担っています。厚生労働省の令和4年国民生活基礎調査によれば、要介護者等からみた主な介護者は「同居の家族」が45.9%を占めます。さらに、同居の主な介護者と要介護者がともに65歳以上、いわゆる老老介護の割合は63.5%にのぼります。支える側もまた、体力や心の余裕に限りがある時代になっているのです。
そして介護は、数週間で終わるものではありません。数年、ときには十年を超えて続きます。その長い時間を支えるのは、義務感だけでは足りないのです。義務感だけで続ける介護は、介護する側の心を静かに焼いていきます。そして、心が燃え尽きたとき、関わりは最低限のものへと縮んでいきます。
法律や制度は、家族に無限の介護を強いることはできません。最終的に、どこまで関わるかを決めるのは、それぞれの家族の心です。その心が「関わりたい」と感じられるかどうかは、それまでに積み重ねてきた関係性にかかっています。
◎研究でも示されている「関係性」と「感謝」の力
これは、現場の実感だけの話ではありません。家族介護者の介護負担感についての研究を整理した文献レビューでは、負担感に関連する要因が「介護者側の要因」「被介護者側の要因」「介護者と被介護者の関係性」「外的要因」に分類されています。つまり、介護の負担の重さは、介護の量や内容だけで決まるのではなく、介護される側のあり方や、両者の関係性によっても変わってくることが、研究の世界でも前提として共有されているのです。
また、海外の研究では、認知症の方を介護するご家族において、介護のなかで感じる「感謝」という感情が、介護者の生活の質(QOL)や、人生の意味の感覚と関連することが報告されています。介護という営みのなかで「ありがとう」が行き交うかどうかは、感情論ではなく、介護を続ける力に関わる要素として研究されているテーマなのです。
◎義務のケアと、心からのケアの違い
同じ「介護する」という行為でも、義務感から行うケアと、心から行うケアとでは、受ける側の暮らしの質がまったく違ってきます。
義務感からのケア
必要最低限の関わり。会話は事務的になり、訪問の足は徐々に遠のく。介護する側も罪悪感と疲労を抱え続ける
心からのケア
笑顔の声かけ、こまやかな気づき、そばにいる時間そのものが増える。介護する側にも「関われてよかった」が残る
どちらのケアを受けることになるか。それは、介護が始まってから決まるのではありません。元気なうちの何十年という時間のなかで、少しずつ形づくられていくものです。
■私たちがいまから育てられる「関係性の貯金」
◎頼ること・頼られることを練習する
では、具体的に何をすればいいのでしょうか。最初におすすめしたいのは、「人に頼る練習」です。
仕事や家庭で責任ある立場にある方ほど、何でも自分で抱え込む癖がついていることがあります。人に頼むくらいなら自分でやったほうが早い。相手の負担を増やしたくない。その姿勢は一見立派ですが、長い目で見ると、頼り頼られる関係の糸を自分から細くしてしまっています。
人間関係は、小さな貸し借りの積み重ねでできています。頼みごとをして、感謝を伝える。頼まれごとを引き受けて、頼られる喜びを知る。このやわらかな往復が、いざというときに「お互いさま」と言い合える関係の土台になります。何でも自分で完結できてしまう人は、その土台を築く機会を逃しやすいのです。
家族に対しても同じです。配偶者に、子どもに、小さなことを頼んでみる。やってもらったら、きちんと「ありがとう」と言う。それだけのことが、何十年後かの関係性を支える貯金になります。
◎「ありがとう」と「ごめんなさい」を言える人でいる
訪問診療の現場で、ご家族から大切にされている方を思い浮かべると、共通しているのは、感謝と謝罪を素直に口にできることです。
おむつを替えてもらって「すまんねえ」と言える方。食事を運んでもらって「ありがとう、おいしいよ」と言える方。その一言があるだけで、介護するご家族の疲れは、不思議なほど軽くなります。逆に、何をしてもらっても無言で、不満のときだけ声が大きくなる方のそばでは、ご家族の足が遠のいていきます。
感謝と謝罪は、筋力と同じで、使わなければ衰えます。年を取ってから急に言えるようにはなりません。職場で、家庭で、日常的に使っているかどうか。それが数十年後の自分の語彙を決めます。
◎自分の機嫌を、自分でとる習慣
もうひとつ大切なのは、不機嫌を周囲にぶつけない習慣です。
思いどおりにいかないとき、誰かのせいにして文句を言うのは、一時的には楽です。けれど、その振る舞いが習い性になると、年を重ねて思いどおりにいかないことが増えるほど、不機嫌をまき散らす人になっていきます。そして、まわりの人は静かに離れていきます。
うまくいかない日に、自分の気持ちをどう立て直すか。散歩でも、音楽でも、好きな飲み物でも構いません。自分の機嫌を自分でとる方法をいくつか持っている人は、老いてからも周囲との関係を損ないにくいのです。これは性格ではなく、習慣であり、いまからでも身につけられる技術です。
■もし親との関係がすでに難しくなっていたら
◎心が離れていく自分を、責めなくていい
ここまで読んで、いま介護しているご自身の親の顔が浮かんだ方もいらっしゃるかもしれません。感謝の言葉もなく、助言は聞かず、不満ばかりが続く親。関わるたびに心が削られ、気づけば親への気持ちが冷めつつある。そんな状況にある方に、お伝えしたいことがあります。
心が離れていくことは、あなたの冷たさの証明ではありません。長いあいだ消耗にさらされた心の、自然な防衛反応です。「親なのに優しくできない自分はだめだ」と責める必要はないのです。
完璧な介護も、完璧な家族も存在しません。心が動かない日があっても、関わりを最低限に絞る時期があっても、それは失格ではなく、続けていくための調整です。
◎医療・介護の専門職は、愛嬌とは関係なく支える
そして、ここが大切なところですが、家族の心が限界に近づいたとき、すべてを家族の心だけで支える必要はありません。
ご家族にとってどれほど関わりづらい方であっても、私たち医療・介護の専門職は、職業としての技術と倫理をもって、その方の暮らしと尊厳を支えます。むしろ、家族関係がこじれているご家庭ほど、第三者である専門職が間に入る意味は大きくなります。本人が家族には言えないことを医療者には話せたり、医療者からの言葉なら受け入れられたりすることが、実際によくあるからです。
家族は心で関わり、消耗する部分は専門職に委ねる。その役割分担をつくることが、関係が難しくなったご家庭にとって、いちばん現実的で、いちばん全員が救われる道だと、私たちは考えています。
■訪問診療と無料出張相談ができること
◎ご本人とご家族、両方の関係性を支える医療
訪問診療というと、通院が難しくなった方のための医療というイメージが強いかもしれません。実際にはもうひとつ、大切な役割があります。それは、ご本人とご家族の関係性を、医療の側から支えることです。
ご自宅にお邪魔すると、診察室では見えない暮らしの空気が見えます。ご家族の疲れ、ご本人の遠慮や意地、すれ違っている会話。そうしたものを拝見しながら、ご本人にはご家族の労をそっと伝え、ご家族にはご本人の言葉にならない思いを通訳する。診療の合間のそうした関わりが、こじれかけた糸を少しずつほどいていくことがあります。
私たちが目指しているのは、その瞬間だけの医療ではありません。何年か経って振り返ったときに、「あの関わりがあったから、最後まで家族でいられた」と思っていただけるような関わりです。
◎ソーシャルワーカーによる無料の在宅相談(出張相談)のご案内
当院では、在宅連携室のソーシャルワーカー(相談員)が、ご自宅や入院先の病院まで直接お伺いする、無料の在宅相談を行っています。
きっかけは、どんなことでも構いません。「自宅でどんな診察や検査ができるのか知りたい」「往診と訪問診療の違いがよく分からない」「医療や福祉の制度が複雑で、誰に相談していいのか分からない」「いきなり医師に来てもらうのは、ちょっとハードルが高い」。在宅相談は、まさにそうした段階の方のための窓口です。
そして、訪問診療の仕組みや費用、利用までの流れをご説明するだけが、この相談の役割ではありません。ご家族との関係に疲れてしまっていること、介護をめぐる家族のすれ違い、「こんなこと相談していいの?」とためらってしまうような悩み。そうした、制度の言葉にしにくいことこそ、ソーシャルワーカーが一緒に整理させていただきたいテーマです。
ご本人を交えずに、ご家族だけでご相談いただくことも歓迎しています。ケアマネジャーや病院の相談員の方からのご連絡もお受けしていますので、支援者の方を通じてのご相談も可能です。在宅連携室直通(070-1242-6637、平日9:00〜17:30)のほか、当院のLINE公式アカウントからは訪問診療の概算費用の計算もできますので、あわせてご活用ください。在宅相談のご案内は、こちらのPDFでもご覧いただけます。
◎ご自身のこれからを考え始めた方も、お気軽に
この記事を読んでくださった方の多くは、親の介護と、ご自身のこれからの両方を考え始めた方だと思います。
介護される側の心構えは、特別な準備が必要なものではありません。頼ることを練習し、感謝を言葉にし、自分の機嫌を自分でとる。今日から始められる小さな習慣の積み重ねが、何十年後かのあなたとご家族の関係を、確かに変えていきます。人はひとりでは生きていけません。だからこそ、まわりの人と温かな関係を結び続ける力は、人生のどの段階でも、いちばん頼りになる財産なのです。
そして、いま現在、親との関わりに悩んでおられる方。ひとりで、家族だけで、抱え込まないでください。名古屋市天白区を拠点に訪問診療を行う当院では、ご本人の医療だけでなく、ご家族の状況やお気持ちも含めてご相談をお受けしています。「まだ訪問診療の段階ではないかも」という時期のご相談も大歓迎です。一緒に考えていけることが、きっとあるはずです。
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院長 伊藤剛

