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在宅医療のBCP(事業継続計画)とは?令和8年改定で義務化される災害への備えと、当院の取り組み

地震、台風、大雨、停電、通信障害。災害のときには、普段あたりまえに使えていたものが、急に使えなくなります。

在宅医療を受けておられるご本人やご家族にとって、これは「少し不便になる」では済まないことがあります。人工呼吸器、在宅酸素、たんの吸引、胃ろうや経管栄養、点滴などを必要とされる方では、停電や物資不足がそのまま体調や命に関わることもあるからです。

こうした「もしも」に備えて、医療機関があらかじめ立てておく計画を BCP(事業継続計画) といいます。あまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、令和8年度の診療報酬改定では、訪問診療を行う多くのクリニックにこのBCPの策定が義務づけられることになりました。

この記事では、在宅医療のBCPとは何かをやさしく整理したうえで、災害時にも診療を続けるために当院が行っている取り組みと、ご家族・ご本人にできる備えをお伝えします。

 

■そもそもBCP(事業継続計画)とは?

BCPは英語の Business Continuity Plan の略で、日本語では「事業継続計画」と訳されます。

厚生労働省は、BCPを「災害などの不測の事態が起きても、重要な業務をできるだけ中断させず、たとえ中断しても早期に復旧できるよう、あらかじめ備えておくための計画」と位置づけています。医療機関にとっての「重要な業務」とは、もちろん診療の継続です。

◎BCPと「防災対策」はどう違うのか

防災対策とよく似ていますが、少し意味あいが違います。

防災対策は、棚を固定する、備蓄をそろえる、消火器を置くといった「被害を減らすための備え」です。一方でBCPは、被害が出てしまった後も「どうやって診療を続けるか」「止まってしまったら、どう早く立て直すか」を決めておく、いわば「続けるための仕組み」です。

防災対策

被害そのものを減らす備え
(備蓄・固定・避難経路など)

BCP(事業継続計画)

被害が出ても診療を続け、
早く立て直すための仕組み

両方そろって、はじめて「災害に強い在宅医療」になります
在宅医療 BCP|ごうホームクリニック 本文イメージ

◎在宅医療でBCPが特に大切な理由

病院であれば、自家発電や備蓄、当直の体制など、ある程度の備えが院内にまとまっています。

しかし在宅医療は、患者さんの「生活の場」が診療の場です。電源、通信、移動手段、薬や衛生材料、訪問看護や施設・薬局との連絡、避難先の調整など、普段は見えにくい支えが、災害時には一気に不安定になります。しかもその支えは、一軒一軒のご自宅に分かれて存在しています。

だからこそ在宅医療では、「誰が、どこにいて、どんな医療を受けていて、何に困りそうか」をあらかじめ整理し、いざという時にすぐ動けるようにしておくことが、とても重要になります。

 

■令和8年度の診療報酬改定で、在宅医療のBCP策定が義務に

これまで、在宅医療を行うクリニックにとってBCPの策定は「努力義務」、つまり「できれば作っておきましょう」という位置づけでした。実際、令和6年(2024年)時点でBCPを策定できていた在宅療養支援診療所は1割程度にとどまっていたと報告されています。

これが令和8年度(2026年度)の診療報酬改定で大きく変わります。

◎全国約1万7千の在宅療養支援診療所・病院が対象に

令和8年度の改定では、在宅医療の中心的な役割をになう 在宅療養支援診療所・在宅療養支援病院 の施設基準に、BCPの策定が正式な要件として加えられる方向で整理が進んでいます。対象は全国でおよそ1万7千か所にのぼるとされ、すでに届け出ている医療機関にも、おおむね令和9年(2027年)5月末までに策定を求める経過措置が設けられる見込みです。

少しかみくだいて言えば、「訪問診療を行うクリニックは、災害時にどう診療を続けるかを計画として持っていることが、当たり前に求められる時代になった」ということです。これは患者さん・ご家族にとっても、安心して在宅療養を続けるための後押しになる変化だと考えています。

◎なぜ今、義務化されるのか ― 能登半島地震の教訓

この流れの背景には、令和6年(2024年)1月の能登半島地震があります。

地震後の検証では、在宅医療をめぐっていくつもの課題が浮かび上がりました。家屋の倒壊や避難先の分散によって在宅の患者さんの所在がつかみにくくなったこと、地域の医療機関そのものが被災して普段の連携網が機能しにくくなったこと、過疎・高齢化が進んだ地域ほど在宅医療への依存度が高く、被害が深刻になりやすかったことなどです。

「誰がどこで、どんな医療を受けているか」がすぐに分からないと、支援は届きにくくなります。この経験が、在宅医療にBCPを根づかせる必要性を、あらためて社会全体に示しました。

 

■在宅医療のBCPに含まれる5つの要素

厚生労働省は、医療機関のBCPで備えておくべき柱として、大きく次の5つを挙げています。在宅医療に置きかえると、それぞれ次のような意味になります。

  • 人員:災害時に誰が、どの地域の、どの患者さんを担当するか。出勤できないスタッフが出た場合の代わりをどうするか。
  • 情報:直近の診療内容、処方、訪問看護指示などの診療情報を、電子カルテが使えなくても確認できるようにしておく。
  • 物品:医療材料、衛生材料、薬、燃料、通信機器などをどう確保・補充するか。
  • 連絡体制:患者さん・ご家族、訪問看護ステーション、施設、薬局、ケアマネジャー、行政との連絡手段を複数用意しておく。
  • 電源:人工呼吸器や在宅酸素など、電気が止まると命に関わる機器への備え。

このうち在宅医療で特に見落とされがちなのが、「情報」と「電源」 です。当院が力を入れているのも、この2つです。

 

■災害時に電子カルテが使えなくなったら? ― 情報を守る備え

近年は、地震や停電だけでなく、電子カルテへのサイバー攻撃によって診療が止まってしまう医療機関の事例も全国で相次いでいます。実際、厚生労働省は令和6年から、診療録を扱う体制について、サイバー攻撃を想定したBCPやオフラインでのバックアップを求める仕組みを設けています。

電子カルテが開けないというのは、在宅医療では単なる不便では済みません。直近の診療録、処方内容、注射や処置の記録、サマリー、訪問看護指示書などが確認できないと、患者さんの状態を正確に把握しにくくなるからです。

◎「読むだけ」のバックアップという考え方

そこで当院では、災害や通信障害で電子カルテに接続できないときでも、診療に必要な情報を「読む」ことができるよう、院内向けの非常用ビューア(閲覧のための仕組み)を用意しています。

これは電子カルテの代わりに書き込むものではありません。あくまで、ふだんの間に必要な情報を専用の端末に保存しておき、いざという時に「直近の診療録」「いまの処方」「注射・処置」「患者さんのサマリー」などを参照するためのバックアップです。

大切にしているのは、次のような考え方です。

  • 電子カルテへの書き込みはしない(あくまで閲覧専用)
  • 患者情報は外部の公開サーバーに置かず、院内の端末を中心に保管する
  • インターネットがつながらなくても、端末さえ起動していれば確認できる
  • 必要なときは、重要な患者さんの一覧を紙に印刷して持ち出せる

この仕組みは、端末そのものの中だけで動く「ローカルWebサーバー」という形をとっています。少しかみくだいて言うと、患者さんの情報をインターネット上のどこかに送ったり、外部のサービスにあずけたりせず、その端末の内側だけで完結させているということです。

外部とつながっていないぶん、情報がインターネットを通じて流出したり、外からのサイバー攻撃を受けたりするリスクを小さく抑えられます。「災害時に必要な情報を確認できること」と「患者さんの大切な情報を守ること」を、両立させるための設計です。

派手な仕組みではありませんが、「電子カルテが開けないから分からない」で止まらないための、地道な備えです。

 

■災害時の使い方:BCP発動時に最初に見る情報

実際に災害が起きてBCPを発動したとき、当院ではまず次の情報を順番に確認します。

  1. 最終バックアップ日時
  2. 重症患者一覧
  3. 電気依存医療の有無
  4. 処方枯渇リスク
  5. 患者サマリー
  6. 現在処方
  7. 注射・処置
  8. 直近診療録

なかでも「最終バックアップ日時」は必ず確認します。ビューアはあくまでバックアップ情報であり、最終バックアップ以降の変更は反映されないからです。そのため、電子カルテが復旧したら必ず最新の情報を確認し、災害時に行った診療内容は正式なカルテへ反映します。

必要に応じて、重症患者一覧や処方枯渇リスクの一覧を紙に印刷します。停電や通信障害が長引く場合、紙の一覧はチームで共有しやすく、訪問先への持ち出しにも向いているためです。

 

連携相談・対応可否の確認

退院支援、訪問看護、ケアマネジャー連携で確認したい点があれば、まずは状況を共有してください。

連携相談を送る

■電気が止まると命に関わる方への備え

在宅医療のBCPで、情報とならんで重要なのが「電源」です。

人工呼吸器、在宅酸素(HOT)、たんの吸引器などは、電気がなければ動きません。多くの医療機器には内部バッテリーがありますが、一般的に数時間程度しかもたない機種が多く、停電が長引けば外部からの電源が欠かせなくなります。

◎ポータブル電源や発電機を備えるときの注意点

ご家庭で非常用の電源を準備される場合、注意したい点があります。医療機器には、出力波形が「正弦波(サイン波)」のポータブル電源や発電機を選ぶことが大切です。安価な製品に多い「矩形波」タイプは、精密な医療機器の故障につながるおそれがあるためです。

室内で使えるポータブル電源と、屋外で使える発電機を組み合わせておくと、停電が長引いても対応しやすくなります。近年は、電気自動車やハイブリッド車から電気を取り出して使う方法も注目されています。

また、お住まいの自治体によっては、在宅で人工呼吸器を使う難病の患者さんなどに対して、非常用電源の購入費用を助成する制度を設けている場合があります。対象になりそうな方は、お住まいの保健所や役所、当院や担当のケアマネジャーにご相談ください。

◎「連絡のしかた」を事前に決めておく

電源の確保とあわせて大切なのが、在宅酸素の業者さんや訪問看護ステーションとの「被災したときの連絡手順」を、平時のうちに決めておくことです。どこに連絡するか、つながらないときはどうするか、玄関のどこに連絡先を貼っておくか――こうした小さな取り決めが、災害時には大きな差になります。

 

■当院がそろえている災害への備え(電源・通信・物資)

「備えが大切」とお伝えする以上、当院自身も平時から災害用の物資をそろえています。診療を支える「電源」と「通信」、そしてスタッフが活動を続けるための「水・食料・生活用品」を中心に準備しています。

◎電源 ― 正弦波の発電機とポータブル電源

停電に備えて、当院では出力波形が 正弦波 の発電機とポータブル電源を用意しています。

発電機は、カセットボンベ(家庭用のガスボンベ)で動く防音タイプを採用しました(EENOUR GS900i-B など)。ガソリンの保管が難しい施設でも、カセットボンベなら備蓄や入れ替えがしやすく、扱いやすいためです。あわせて、室内でも静かに使える大容量のポータブル電源(EcoFlow DELTA Pro など)も備えています。

先ほどお伝えしたとおり、医療機器に使う電源は「正弦波」であることが大切です。当院でも、機器に安心して電気を送れるよう、この点にこだわって機材を選んでいます。

◎通信 ― Starlink(衛星通信)で「つながらない」に備える

災害時には、停電だけでなく、携帯電話や固定回線などの通信そのものが止まってしまうことがあります。連絡が取れなくなれば、患者さんの状況確認も、関係機関との連携も難しくなります。

そこで当院では、衛星をつかってインターネットに接続できる Starlink(スターリンク) をすでに導入しています。Starlinkは、地上に張りめぐらされたケーブルや基地局ではなく、宇宙にある人工衛星を経由してインターネットにつなぐサービスです。専用のアンテナを空に向けて設置するだけで通信できるため、地震や災害で地上の通信網が使えなくなったときでも、連絡手段を確保しやすいという特長があります。

ふだんの診療では使っていませんが、地上の通信が被災したときに、空からの通信で連絡をつなぐための「もしもの備え」として用意しています。

◎水・食料・生活用品

スタッフが被災下でも活動を続けられるよう、次のような物資も備蓄しています。

  • 保存水、防災用の水タンク
  • 長期保存できる非常食(アルファ米・ようかんなど)、カセットコンロとボンベ
  • 簡易トイレ、トイレットペーパー、ウェットシート類
  • 圧縮毛布、防災ヘルメット、雨具
  • 懐中電灯、乾電池、延長コード類

派手なものではありませんが、「電気・水・通信が止まっても、まずできることを続ける」ための土台です。これらは一度そろえて終わりではなく、消費期限や動作を定期的に確認しながら入れ替えています。

 

■災害時のお薬の確保と、お薬手帳の大切さ

災害のときには、物流が止まり、薬局や卸からの薬の供給が遅れることがあります。だからこそ、「いま使っているお薬が、いつ頃なくなりそうか」を把握しておくことが大切です。

ここで力を発揮するのが お薬手帳 です。

能登半島地震のときには、厚生労働省が特例として、「お薬手帳などで服薬内容が確認できれば、処方箋がなくても薬を受け取れる」運用を認めました。手元にお薬手帳があったことで、避難先でもいつものお薬を続けられた方が多くいらっしゃいました。

ご家庭では、次のような備えをおすすめします。

  • お薬手帳をいつも最新の状態にしておく(紙とスマートフォンのアプリ、両方あると安心)
  • できれば数日〜1週間分の予備のお薬を切らさないようにしておく
  • アレルギーや、機器の設定値などの大切な情報も、写真やメモで残しておく

当院でも、災害が起きたときに「どの患者さんのお薬が、いつ頃切れそうか」を早めに把握できるよう、処方の情報をもとに優先して確認すべき方を見つけられる仕組みづくりを進めています。

 

■ご家族・ご本人にできる災害への備え【チェックリスト】

医療機関のBCPと、ご家庭での備えは、両方そろってはじめて力を発揮します。在宅で療養されている方やご家族に、ぜひ確認していただきたいポイントをまとめました。

  • 医療機器の内部バッテリーが、どのくらいもつかを確認しておく
  • 正弦波タイプのポータブル電源や発電機を準備する(電気が必要な機器がある方)
  • お薬手帳を最新にし、紙とアプリの両方で持っておく
  • 数日分の予備のお薬を切らさないようにしておく
  • 連絡先リストを作る(クリニック・訪問看護・薬局・ケアマネジャー・酸素や機器の業者・ご親族など)
  • アレルギー情報や、機器の設定値を写真付きで記録しておく
  • 停電・断水・通信が止まったときに、まず誰に連絡するかを家族で決めておく
  • 担当のケアマネジャーと一緒に、避難の計画(個別避難計画)を作っておく
  • 電源が確保できる福祉避難所が近くにあるか、事前に確認・登録しておく

すべてを一度にそろえる必要はありません。できることから一つずつ、ふだんの暮らしのなかに備えを足していくことが大切です。

 

■BCPは「作って終わり」ではない ― 当院の平時の取り組み

BCPは、計画書を一度作れば完成、というものではありません。厚生労働省も、BCPは教育・訓練を行い、実際の災害に当てはめて検証し、改善を続けていくものだと整理しています。

当院でも、非常用ビューアが平時からきちんと動いていることを定期的に確認し、インターネットを切った状態でも患者さんの情報を確認できるか、必要なときに紙へ印刷できるかなどを点検しています。

また、自動化しすぎないことも安全のうえで大切にしています。たとえば電子カルテへのログインは、機械任せにせず、必要な場面では職員が確認するようにしています。便利さよりも、確実さと安全を優先する。在宅医療のBCPでは、こうした地に足のついた運用こそが信頼につながると考えています。

 

■よくある質問(FAQ)

ご家族から、災害時の在宅医療についてよくいただく質問をまとめました。

◎Q1. 災害時に電子カルテが見られないと、何が困りますか?

直近の診療録、処方、注射、サマリーが確認しにくくなります。特に状態の変化がある方では、過去の方針や注意点が分からないと、判断が遅れてしまう可能性があります。

◎Q2. 非常用ビューアがあれば、電子カルテは不要になりますか?

不要にはなりません。非常用ビューアはあくまでバックアップ情報です。電子カルテが復旧したら、必ず最新の情報を確認します。

◎Q3. どのような患者さんを優先して確認しますか?

人工呼吸器、在宅酸素、気管切開、胃ろう、中心静脈栄養などをお使いの方を優先します。また、お薬が切れる可能性が高い方も優先して確認します。

◎Q4. 災害時の残薬はビューアだけで判断できますか?

判断できません。処方日と日数からおおよその推定はできますが、実際の残薬は患者さん・施設・訪問看護・薬局との確認が必要です。

◎Q5. この仕組みは患者情報を外部に送りますか?

原則として、非常用参照のための情報はローカル端末を中心に扱います。また、職員への通知にも、診療録の本文など患者さんの具体的な情報は含めない設計にしています。

◎Q6. ごうホームクリニックでは今後も災害対策を進めますか?

進めます。ごうホームクリニックでは、在宅医療のBCPとして、情報の確認・連絡体制・電源・印刷・訓練を、少しずつ改善し続けていきます。

 

■まとめ ― 「災害時に分からない」で止まらないために

災害対策というと、発電機やポータブル電源、備蓄、連絡網などがまず思い浮かびます。もちろんそれらはとても重要です。

しかし在宅医療には、もう一つ欠かせないものがあります。それは「直近の診療情報に、いざという時もアクセスできること」です。

人工呼吸器や酸素が必要な方、胃ろうや経管栄養の方、気管切開のある方、お薬が切れると体調を崩しやすい方。こうした方々を災害時に支えるためには、平時から情報を整理し、いざという時に見える形にしておくことが欠かせません。

令和8年度の改定でBCPが義務づけられることは、在宅医療にとって大きな前進です。当院も、制度に合わせるためだけでなく、目の前の患者さんとご家族の安心のために、できる準備を一つずつ積み上げてまいります。

災害時に「電子カルテが開けないから分からない」で止まらないために。在宅医療を続けるクリニックとして、これからも備えを重ねていきます。

ご自宅での備えで気になることや、医療機器・お薬の災害時の取り扱いについて不安なことがあれば、どうぞお気軽に当院までご相談ください。

 

■参考にした主な資料

 

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ごうホームクリニック 院長 伊藤剛

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